第十二話
「……………はぃ?
どういうことですか??」
困惑した女性―――否、少女といったほうがしっくりとくるであろう声がする。
思わず言葉が溢れた、というふうなその令嬢は、先程ハーディーに婚約を宣言されたはずの、マリル子爵令嬢であった。
「……ぁ…申し訳ございません、エルファ公爵令嬢様、ハーディー殿下。
私はマリル・フォン・ガイと申します。」
マリル子爵令嬢は礼がなっていなかったと気がつき、綺麗にカーテシーをする。
「顔を上げろ!」
「……ありがとう存じます。」
ハーディー王子の了承を得、顔をあげる。
大きく、潤んだ緑色の瞳に、空色の腰までのくせ毛。
庇護欲をそそるような顔。確かに、ハーディー王子が虜になってしまうのもムリはない、かなぁ………(本人は不本意みたいだけど)?
それでもエルファ様にはかなわないけどね!!
それで、どうしたんだろう?
「私は、ハーディー殿下にお聞きしたいことがあって参りました。」
「? 何なりと聞くがいい!」
なにもわかっていない顔で声だけは自信満々にそう返すハーディー殿下。おばかだよねぇ。
「アラミス公爵令嬢様とのご婚約を破棄し、私と婚約するとおっしゃっておりましたが、何故、私なのでございましょうか?」
ああ、これは怒っているなぁと確実にわかる声色で話すマリル子爵令嬢。が、その怒りは肝心のハーディー殿下には伝わっていないようで、にやにやと笑っている口を直そうともしない。
「何を言っている、マリル!
私と過ごしたあの甘い蜜のような日々を忘れたとでも言うのか!」
「……いや、そんな日々過ごしたことないのだけど……(小声)」
うわぁ………。ちょっと気分が悪くなってきたよ…。
コレ、まだ見ないとダメ? 今すぐ公爵邸に帰ってエルファ様に撫でてもらいたいんだけど………。
「ああ、そうか! 辛いいじめの日々に耐えかね、記憶を無くしているのか!」
そう思えるなんておめでたい頭だな、と思った。
こんなのが本当に王子で大丈夫なの、この国。
「お前は———」
——
———
「……と言うような日々を過ごしたのだぞ!!」
自信満々に言い切ったハーディー殿下。
耳が腐るかと思ったから、途中からもう聞いていなかったよ。
幸い、誰もこっちに注目してなかったから、エルファ様に飲み物を届ける余裕まであったよ〜。
「そのような事が…? 私、存じませんでしたわ。申し訳ございません。」
うんうん、捏造だからね。記憶なんてなくて当たり前だよ。
「うっ、うっ、可哀想なマリル……っ!
わかっているのか、エルファ! お前はこんなになるまでマリルを痛めつけたのだぞ!!」
突然泣き真似をしたかと思ったら、そんな事を言い出したハーディー。
一応、マリル嬢は結構な嫌味を言っていたはずだけど、その耳は飾り物なのかな? それとも、腐ってる?
正直、気持ちが悪くて少し身を引きたくなった。エルファ様の従者として、そんなことはしてないけどね。
「申し訳ございません、ハーディー殿下。
質問よろしいでしょうか?」
マリル嬢が、驚いていた顔をニッコリと、裏を感じさせる黒い微笑を浮かべ、ハーディーに話しかける。
あれ、これってもしかして、僕が集めた証拠いらなくなるパターン?
「なんだい、マリル?」
「私、エルファ様からそのようなものを受けた覚えがありませんの……。私が思いだせるように、その時の様子などを詳しくお話してくださいませんでしょうか?」
うるうると、一見か弱いご令嬢に見えるが、その桃色の唇から吐き出されるのはまさに毒。
その唇から紡ぎ出される言葉が、じわりじわりとハーディーを追い詰めていく、という未来図が想像できる。
なんというか…。女の人って怖いね。
あ、エルファ様は別として、ね?