第十一話
「……エルファ・フォン・アラミスト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業式も滞りなく終わり、卒業パーティーの時間となった、そんな一時をぶち壊すその声。
この国の第一王子、ハーディー・フォン・ウールの声だった。
ハーディーに、在校生たちからの非難の視線や、卒業生たちからの不満げな視線が向けられる。
この日のために準備を整えてきた中心のメンバーの怒りといったら、もう……。
…そんな敵意に気づいていないのか、彼は再び口を開いた。
「おい! エルファ! 出てこい!」
どうやら、一向に出てこない相手に対して憤っていたようだ。
(というか、前のセリフ、相手がいないのにそんなこと言ってたんですか??
え、この王子さま恥ずかし。)
と、そんなことを思いながらも、それを態度に出したらあーだこーだと言われるのは僕の方なので、黙っておく。
ああ、そうだ。言ってなかったね。
こんにちは。アルだよ。
今は従者としてここに居るから、フォリアンって呼ばれているけどね。
「それで、エルファ様。いかが致しますか。」
僕は、主であるエルファ様に耳打ちする。
「……あんなに大声で呼ばれてしまったら行かないという選択肢はないわね…。……面倒くさい。」
最後の方ぼそっと言ったんでしょうけど、僕には聞こえてるんだよなぁ…。可愛い。
「承知いたしました。」
そして、僕とエルファ様は騒ぎの中心に向かって歩いていく。
「ふん! やっと姿を現したのか!」
にやにやとはしたなく口元を歪めながらそう言うハーディー王子。
「ごきげんよう、ハーディー殿下。」
王子とは対象的に、エルファ様は冷静に、優雅にカーテシーをする。
そんな姿が目についたのか、「ふん!」ともう一度鼻を鳴らす。
この王子、婚約者であるエルファ様を差し置いて早々に他の令嬢たちと遊びに行ったくせに、この態度って……。塵以下かな?
「それで、ハーディー殿下。なぜ、婚約破棄を?」
「そんなこともわからないのか! 本当にお前は間抜けだな!」
は? エルファ様が間抜け? ふざけてるんじゃないの、この王子?
「まぁいい! 教えてやろう!」
そして、王子は語りだした。
やれ、とある令嬢がエルファ様に階段から突き落とされただの、物を取られただの、ひどい口撃を受けただの、男性を魅惑しただの、ハーディー様ではない見知らぬ男と歩いていただの、と。
それを、自分の気を引くためだ、とかなんとか言ってくれちゃって。
「これが証拠だ!」
後ろに控えていた宰相と騎士団長の息子(騎士団長の息子は半ば引きずられてきていた)が、さっ、とどうやら証拠らしい書類を掲げる。
ふん、と鼻を鳴らすハーディー王子。
ハーディー王子のことを蔑む声が会場のあちこちから聞こえてくる。
……正直、なんでこれで威張れるのかわからない。
書類の数字や証言はデタラメ、しかも見知らぬ男と歩いていただぁ? それ僕じゃん!
従者と歩くことのなにが悪いんですかー。
「本当に滑稽だ! 俺がわからないと思っていたんだからな!
…まるでアマットゥーリアのようだな! エルファ!」
アマットゥーリアて。
この国で有名な童話の滑稽な魔女のことを言いたいんだろうけど、それ、元々違う内容だったって知ってました?
元々、その魔女は美しい自然の女神なんだよ?
「………アマットゥーリア、ですか。」
今まで黙っていたお嬢様が口を開いたことに、王子たちは挑発に乗ったのかと勘違いし、更にまくしたてる。
が、ただお前らの無知を笑ってるだけだよ。
うつむいて、肩を震わせているから勘違いしたんだろうけど。
笑いの波が引いたのか、エルファ様はまた前を向き、口を開く。
「…婚約破棄、私はよろしいのですが、国王陛下にはお話になられたのですか?」
「ふんっ! まだだが、お前の卑しさを知ればすぐに了承していただけるだろう!」
いや、王に話してなかったんかーい。
どんだけ無計画なの?
「そして、私はお前と婚約破棄をし、マリル・フォン・ガイ子爵令嬢と婚約を結ぶ!」
「「「「「「「「……………………………は???」」」」」」」」
会場は再び静まり返る。
この国で、婚約破棄という単語を聞くことはない。その行動が、どのくらい愚かなのかわかっているからだ。
この沈黙で、今、ハーディーが発言した内容がどれだけこの場にふさわしくないのかが分かるだろう。
そして、静まり返った会場に、「……………はぃ?」と、気の抜ける声が響いた。