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厳選短編集

胃袋を掴まれた俺は、妻に敵わない。

作者: 白夜いくと

 妻とケンカしてしまった。キッカケは些細なことだ。妻が塩と砂糖を間違えた夜ご飯を出したことを笑ってしまった。最初は一緒に笑っていたが、俺が一言、


「バカだなぁ~」


 と言ったことで状況は一変した。機嫌を悪くした妻は、朝になっても口を利いてくれない。それでも弁当は作ってくれたようだ。リビングの机に布に包まれた弁当箱が置いてある。

 俺はそれを鞄に入れて無言で玄関から逃げるように出て行った。


(あ~気まずい。帰ったら何と言おう)


 仕事は順調で、営業の取引先からもウケが良かった。少し遅い昼ご飯。同僚の男と一緒に公園で弁当を食べることになった。同僚はコンビニ弁当だ。独身らしい。気ままで良いな。

 同僚は弁当に興味津々そうに、


「それ、愛妻弁当だよな。何が入ってんの?」


 と言って、中身を見てこようとする。


「いつもは生姜焼きとか卵焼き。でも昨日ケンカしたからなぁ~」


 俺は、同僚に笑いながら昨日あったことを話した。そうしたら、「嫌がらせ弁当でも作られそうだな」なんて言われた。嫌がらせ弁当……。どんな中身なのか。内心ドキドキしつつ弁当の箱を開けた。


「んん?」


 俺と同僚が目を丸くする。

 中にはマクドのクーポンが入っていた。


(ちくしょう! 買いに行けってか!)


 同僚は爆笑しながらコンビニ弁当を袋にしまって、「マクド行こうぜ!」と言った。もはや弁当ではないそれを握りしめて、俺たちは近くのマクドに寄った。


 店員の満天のスマイルが悲しかった。

 頼んだのは、クーポンに載っていたギガビッグマックとシェイクMだ。正直貴重な小遣いを使いたくなかったが、今日だけは腹が立って散財してしまった。


 同僚は独身だから金を持っているのか、一番高いハンバーガーと季節のドリンクを頼んでいた。俺たちは席に座る。俺は箱を開けてギガビッグマックにかぶりつく。見た目通りボリューミーだ。それに旨い。

 でもこれは報復弁当。そう思うとムカムカしてきた。やけくそ気味にガツガツ食らう俺に同僚は、

 

「お前が悪い。謝れよ」


 と頬杖をついて咎めてきた。


「うるせぇ。独身のお前にわかるかよ」


 ギガビッグマックの肉汁が体に染みる。そのエネルギーが意地に変わると、ついつい尖った考えになってしまう。確かに俺は妻に「バカ」と口悪く言ってしまった。

 でもそれは、愛しているからで。愛嬌があるって意味で言ったんだ。


(どうしてわかってくれないんだ)


 シェイクでギガビッグマックを流し込んで、頬を膨らました俺を見た同僚は「ふふ」と笑う。何が面白いんだよ。あーあぁ、恥かいちまった。


「結婚するって、面白そうだな」


 そう言った同僚の目が一瞬だけ霞んだ気がする。必然的に余るコンビニ弁当。同僚はそれを見て、


「料理を作ってもらえるのが当たり前なんて思ったら、バチが当たるぞ」


 そう言った。


「……」


 俺は何も返せなかった。独身にも何かつっかえるものがあるのかもな。

 昼食を終えて仕事もひと段落し、家に帰る時間になった。気まずい。しばらく無言を貫くか? いや、それはさすがに……。でも男の意地ってモンがある。

 悪いのは俺だと解っているが、同僚の前で恥をかかされたことに対する怒りも湧いた。


(よし。帰ったら俺の威厳を守るために少し叱ってやろう!)


 その後に謝ろう。きっとそれが良い。そうしよう。意気込んで玄関を開けたら、妻は俺の所に寄って来て、


「期間限定のギガビッグマック美味しかった?」


 と訊いてきた。

 俺は、


「くそ、あんなジャンクフード食わせやがって」


 鞄を置くと、腕を組んで悪態をついて見せた。「へぇー」と妻。


「私の弁当とマクド。どっちが美味しい?」


(ぐ……)


 その質問はずるいぞ。美味しさのベクトルが違う。ギガビッグマックもジューシーで美味しかった。だが、妻の作る生姜焼きはそこら辺の総菜より断然美味しい。

 きっと体にも良いはずだ。なら答えは決まっている。


 でもケンカで負けたくない。

 俺が回答を渋っていると妻は、


「これから毎日マクドで良いでしょうか?」


 敬語で、そう追い打ちをかけてきた。やめろ。解った。この勝負。俺の負けだ。


「お前の飯が食いたい」

「ふふ。でしょうね♪」


 畜生。胃袋を掴まれた俺は、妻に敵わない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸せに過ごしやがって。末長くお幸せにしろ
[良い点] 軍隊でも最強の部隊は食事を作る部隊なんて言いますからね…。 ここは降参して正解でしょう。 面白かったです。
[良い点] マックのクーポンを渡すだけじゃすまない、奥さんの企みと主人公に詰問するセリフがすごく良いです。 小説技法的にも二段落ちのお手本みたいですね、おみごとです。
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