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家出王子と死にかけの魔物

「…寒い…。どうしよう…」

暗い森の中で、一人の少年がひとりぼっちでうずくまっていた。

「こんなことなら、家出なんてするんじゃなかった…。うぅ…帰りたいよぉ。」

どうやら彼は家出をして迷子になってしまったようだ。帰りたいと願う彼だが、ここは深い森の奥、帰り道を探すのはとても難しかった。

この場所で座り込んでから一時間は経ったであろう。久しぶりに顔を上げた少年は、ほとんどなにも見えない暗闇の中、遠くで微かに明かりが照っているのを見つけた。

「…誰かいるの?」

少年は明かりの方向へ歩きだした。誰かいるなら、もしかしたら助けてもらえるかもしれないと淡い期待を持った。

明かりが近くなるにつれ、少年の視界もやや明るくなり、足元ぐらいならなんとか見えるほどになっていた。すると、ガサガサッとなにやら音が少年の耳に聞こえてきた。

「ひい!なに!?」

少年は突然の音に驚き、怖くなって明かりの方へ急いで走っていこうとした。しかしその時、足元になにやらふさふさとした感覚を感じた。

「わ!?」

思わず声をあげる。足元を見ると、そこには小さな黒猫がいた。

「ね…こ…?」

少年の足にもたれ掛かるようにぐったりとした子猫は、すぐにふらふらとその場に倒れこんでしまった。

「…ごめんね…助けてあげたいけど…ごめんね…」

少年にはもう、倒れた子猫をどうしようかと考える余裕も体力もなかった。一刻も早く明かりへたどり着きたい一心であった。少ない体力を振り絞って必死に歩き、ついにチリチリと燃えている火を視界に捉えた。明かりの正体は、木や草が燃えていた火だったのだ。

「火が…そうだ…!枝、枝とか、燃えるやつなにかたくさん集めれば…」

自分を暖めてくれる光を消すまいと、少年は一所懸命、なぜか四方に散らばっていた枝や木のくずをかき集めた。なぜこんなところで火が燃えていたのか、そんなことを考える余裕は彼にはなかった。




「…あったかい…。」

なんとか火は消えずにすんだようだった。少年は寒さが和らいだことで、さっきの猫のことを思い出しだした。

「…そうだ…!子猫が!」

どこで子猫を見たっけと考え、さがしにいこうかと思った矢先、ふらふらと子猫が少年の方へ歩いてきた。子猫もあそこからここまで歩いてきたようだった。しかし、再びばたんと倒れこんでしまった。

少年は急いで横たわる子猫を抱き抱え、燃える火のそばで子猫の体を暖めた。

「もしかしたら死んじゃってるかもしれないけど…僕も寒かったし、この子も寒くて倒れちゃったのかも…」

しばらく火のそばで暖をとっていると、子猫は少年の腕の中でブルブルと震えだした。そして、ぴょんっと少年の腕から飛び出していった。

「わ!?よかった…生きてたんだね…!」

子猫はそのまま振りかえることなく、走り出していった。あっという間に暗闇に消えてしまい、目でとらえることはできなくなった。少年は子猫がいなくなると同時に、また胸のなかが不安で満たされていった。

「うぅ…また一人になっちゃった…どうせ帰り道がわからないから…ここで死ぬしかないんだ…」

寒さをしのげたとしても、結局はその場しのぎでしかなかったのだと思い、少年は、チリチリと燃える火を眺めてることしかできなかった。

「君、まさか…光の国の王子か?」

少年の耳に突然声が流れてきた。

「ひぃ!なに!?」

「だ、誰かいるの!?」

少年は辺りを見回したが、当然人などいなかった。

「…気のせいだったのかな?でも確かに声が聞こえたような…」

すると、

「ここだよここ。下を見たまえ。」

と、また少年に声が聞こえてきた。

「え!?し…下…?」

驚きながらも、少年は恐る恐る首を下に傾けた。するとそこにはさっきの猫が少年を真っ直ぐ見つめていた。

「ね…猫が…喋ってる…!?」

少年は半信半疑でしたが、すぐに、猫から先ほどの声が聞こえてきた。

「もう一度聞く。光の国の王子か?」

少年は答えた。

「う、うん…。二番目の王子だけど…」

それを聞いて、猫はまた喋りだした。

「やっぱりか?名前は?」

何でそんなことを猫が聞いてくるんだろうと思ったが、少年は素直に答えた。

「…アランです。」

それを聞いた猫は、何でこんなところにいるんだと言った。アランは正直に、家出をしてきて迷子になってしまったと答えた。

「アランとやら、この森は光の世界と闇の世界の間にある狭間の森だぞ。どっちかと言えば、ここはもう闇の世界だ。」

この世界には、アランが元々いたであろう光の世界とは別に闇の世界がある。アランは迷家出をしているうちに、闇の世界へ足を踏み入れてしまったのだ。

「…そんな…!ど…どうしよう…!」

アランは動揺していた。闇の世界には恐ろしい魔物が多く存在し、非常に危険なところであると教えられてきたからだ。そしてアランは、

「ま、魔物だ!猫が喋るわけ…」

と、今目の前にいる喋る猫が、闇の世界の魔物ではないかと疑った。

「魔物ね…まあ光の世界の君から見たらそうなんだろうな。」

猫は寂しく呟いた。

「まあいい。アラン、君が言うようにそう、私は魔物だ。」

「王子にこんなことを聞くのはあれだが…光のと闇は、ずっと戦っていることは分かるよな?」

アランは小さなころから、魔物は悪いもので、倒すべき存在だと教えられてきた。この喋る猫はきっと魔物だ。しかし今の彼には、魔物に対抗する武器などの手段は持っていなかった。アランはただ怯えるしかなかった。

「…まあ落ち着きなさいよ。私はただ君に頼み事を聞いてほしいだけなんだ。襲ったりはしないよ。」

猫は王子であるアランになにかしてほしいようだった。

「さっき言ったようにな、私はさっきまで、光の世界の兵隊と戦っていてね。だいぶ手酷くやられてしまって…こんな小さな猫の姿になって、どうにか生きている状態なんだ。」

そういわれてアランは、家出をする直前、お城の兵隊がたくさん外へ向かっていたこと、そのお陰で城の中にあまり兵隊は残っておらず、うまく家出が成功したことを思い出した。

「君は王子なんだろう?なら、君を光の世界へ帰す代わりに、私達を襲うのをやめてもらえないかと交渉ができるかもしれん。そのために、私と一緒に来てほしい。そうだな…とりあえず光の人間とコンタクトをとれる場所に…」

アランは、自分を光の国へ帰してくれると聞き、少し嬉しさを感じたが、すぐにそれが実現不可能な気がしていた。

「ここから光の世界に戻るのは、決められた道順じゃないと帰れない。自力で森を抜けるのは至難の業だ。どうだ?悪い話じゃないだろう?」

「…出来ないと思う…」

アランはそう答えた。猫は驚いたように、どうしてと聞き返した。

「僕…そんなに皆に好かれてないし…きっと駄目だと…思う…」

猫はそれを聞いて、

「随分と卑屈な王子だな。まあでもできるかもしれないだろ?とりあえず私に付いてこい。ここで待っていても助けは来ないぞ。」

と答えた。アランはそれを聞いて、確かにそうだと思い、おとなしくこの猫の魔物の言うとおりにすることを決めた。

「…そうだよね…少しでも希望があるなら…行くよ、ねこさん。」

「それになんだろう。ねこさん、魔物なのにあんまり危ない感じがしない。」

アランがそう言うと、

「ねこさんはやめてくれ。私の名前はリュウだ。」

リュウという魔物はそう言った。アランは分かったよと言い、1人と1匹?はその場を離れ、暗い森の中を再び歩きだした。



「アランは、どうして自分の国で好かれてないと思ったんだ?」

少しばかり歩き、やや太陽の光が照ってきたころ、リュウは唐突にアランに声をかけた。先ほどアランが言っていたことに対しての疑問だった。

「うん…僕には魔力が無いんだ…」

アランはそう答えた。─魔力が無い自分は、皆が当たり前のように使える魔法も使えない─と悲しそうに言った。

「僕のお父さんとお母さん、もう死んじゃってて…だから僕には味方がいないんだ…」

「お城の人達も僕より第一王子のお兄さんの方が好きみたいだしね…」

リュウはアランの話を黙って聞いていた。そしてアランが話終えると、また新たな疑問を投げ掛けた。

「お兄さんってのは味方じゃないのか?」

アランはまた悲しそうな顔を見せた。そして、多分自分のことが嫌いなんだと答えた。

「お兄さんは本当のお兄さんじゃないし…魔法も使えるから、僕とは全然違うんだ。」

リュウはそれを聞いて、

「そうか…確かに周りの人間はそっちに注目してしまうかもな。」

「さっき会ったばかりでこんなこというのはあれかもしれないが、まああんまり自分のことを責めるんじゃないぞ。」

そう言った。アランは、闇の魔物からなんだか優しい気持ちを感じていた。

「魔物なのに…リュウってなんだか不思議だね。」

お城ではこんなに自分の話を聞いてくれる人はいなかったせいか、アランは複雑な気持ちになっていた。

(ううん、駄目だよ僕。魔物は魔物なんだ。きっとリュウも今は弱ってるだけなんだ。本当の姿はきっととっても怖いんだ。)

(そう考えると、リュウの言ってることって本当なのかな…もし嘘だったら…)

アランの心のなかには小さくない恐怖が浮かび上がっていたが、今はリュウに着いていくしかなかった。


ガシャ、ガシャ


後ろから音が聞こえてきた。アランとリュウが振り返った時、真っ赤な炎の球が二人をめがけて飛んできた。

「うわ!?」

アランがそう叫ぶと同時に、リュウもアランに叫びかけた。

「避けろ!!」

炎の球はわずかに二人の横を掠めていった。そして大木にぶつかり、辺りに轟音を響かせた。大木はそのまま燃え尽きて崩れてしまった。

「なに…あれ…」

アランは怯えながら呟いた。

「王子なのに見たことがないのか。光の世界の人形兵だよ。私を探しているんだ。くそ、気づかなかった。」

リュウはそう答えた。その人形兵は、金属を組み合わせて作られた人形に魔法がかけられて動いていた。

「人形が炎を出すんだ。まったくなんて魔法をかけているのか。さすがだな光の世界は。」

アランは自分の国がこんなものを持っているとは知らなかった。誰がそんな魔法を使えるのかも見当がつかなかった。

「アラン、やつの狙いは私だ。君はどこかに隠れているんだ。」

リュウはそう言った。アランは言葉を返す間もなく、すぐに走り出した。

(怖い、怖い。ホントにあれが僕の国の物なの?)

人形兵の、無機質な殺意を感じてしまったアランは、ひどく怯えてしまっていた。

走り出して数分、アランは隠れるのにちょうど良さそうな茂みを見つけた。しかしほっとしたのも束の間…

その茂みからもう一体、人形兵がのそっと体を覗かせた。がくがくとその金属を震わせながら、アランに向かって勢い良く炎を噴き出した。

「うわーーー!」

炎はアランを瞬く間に包み込み、刺すような熱さを彼に浴びせた。

「…熱い、熱いよ…!」

炎が消え去ったときには、もうアランは火傷の痛みで立っていられなかった。うずくまってしまった彼に、もう一体の人形兵を倒してやって来たリュウが声をかけた。

「…アラン!大丈夫か!」

アランは答えることができなかった。

「そうか…あの人形兵は、動くものすべてを攻撃するような魔法がかかっているのか…アランも例外じゃなかった…」

リュウは、この状況をどうするか考えた。アランを見捨て、自分だけ逃げてもよい場面ではあったが、リュウにはそんな考えは微塵もなかったようだった。そして、一か八かの可能性に賭けることにした。

「アラン、私の言うことをよく聞いてくれ。」

リュウはアランにささやいた。幸い人形兵は動きを止めているようだ。

「もう私にはあの人形兵を倒す力が残っていない。」

「ただ、君の焼けた肌を治すことはできる。光の魔法があるようにそういう闇の魔法もあるんだ。」

リュウは続けた。

「でもな、それをすると、アランの体に闇の力が入り込んでしまう。闇は光を打ち消すものだから、普通だったら光の世界の人は死んでしまう。」

「でも君は光の力が使えない。もしかしたら…」

そこまで聞いて、やっとアランが口を開いた。

「…死んじゃう…僕、死んじゃうの…?」

「わずかかもしれないが、助かる可能性はある。時間がない、どうする?」

アランはもう物事を考える余裕はなかった。しかし、リュウの言葉に、どこか希望を感じざるおえなかった。

「お願い…」

「分かった。」

リュウがそう言うと、アランは黒い霧のようなものに包まれていった。わずかに森に差し込む朝日を吸い込んでしまうような禍々しさが、その霧からは感じられた。


闇の力に反応したのか、人形兵が再び動き始めた。その先には、体から湯気が涌き出てくるような、それも黒々とした湯気を纏う少年の姿があった。

「これって…僕、生きてるの?」

「あぁ!成功だ!私の狙いは正しかった。アラン、君には闇の力を宿す才能があったんだ。」

リュウは嬉しそうにそう言った。アランの焼け焦げた皮膚は元通りになっており、まさに目論みは成功したと言えた。。

しかし人形兵はもう待ってはくれなかった。先ほどの炎をまたアランへ打ち出さんと再び構えはじめた。

「アラン!その纏っている闇のオーラをやつにぶつけるんだ!」

アランは突然そう言われて戸惑った。

「大丈夫だ!イメージをすればいい!闇の力は、アランの思うように動いてくれる!」

アランは無我夢中で、自身を纏うその何かを人形兵にぶつけるイメージを思い描いた。すると思った通りに、人形兵は黒い何かに覆い被され、ガタガタとその金属を震わせ身動きが取れない状態になった。

「うぅぅ……!」

「お願い…!止まって!!」

すると、人形兵からまばゆい閃光が一瞬飛び出して来た。そしてそのままガラガラと崩れていった。

「はぁ、はぁ…!…やったの?」

アランが不安そうに呟いた。

「あぁ、よくやった。ひとまず安心だ。」

リュウがそう言うと、アランは力なく倒れてしまった。体力がとうに限界を迎えていたのだった。

「アラン!…限界だったんだな…」

「しかし…まさかこんなことになるとはな…。闇の力を持つ光の王子…か。」

リュウは、予想外の方向に進んでしまった事態に戸惑いを感じずにはいられなかった。







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