序章
カツカツと鳴る、自分の足音だけが謁見の間へ続く広い廊下に響いている。女として、敗戦国の公主として初の将軍職に就くことが内定した私は、つい先程まで貴族たちの咲かせる噂話の渦中にいたのだが、周りにいた貴族たちは謁見の間のそばで他人の噂話をするほど阿保ではないようで、いつの間にかいなくなっていた。そんなこと、どうでもいいが。
さあ、始まる。この国、綜竜建国以来の前代未聞の謁見が。
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私、麗華は、もともと雪桔という小さな国の公主だった。しかし、我が国と綜竜とで争いが起き、当然のことながら綜竜が勝利した。
ただ、少々事情があり、私は今、綜竜の兵部の要職、将軍に就こうとしている。
何故こういったことになっているのか。謁見の間へと進む途中、私は、そんなことを考えていた。
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この世界の王家及び一部の貴族は異能者だ。小国では王族や王家の血を引く大貴族のみが。大国では異能者を集めた小隊ができる程度の数がいる。私の国では、王族と、上級貴族の五つの家が異能を受け継ぐ家だった。
この世界には、古くから妖が出る。妖は、人を襲い、人を喰う。人がこの世界を支配している限り、それを脅かす者は滅ぼさなければならない。そして妖は、異能を用いた攻撃でのみ滅することができる。だから、異能者の存在は、この世界にとっても、国にとっても、必要不可欠。
ただ、珍しい、貴重な力なのだから、異能を身に宿すもの、異能を受け継ぐ家は、とても少ない。
だから、そんな限られた数の、異能を継ぐ家では、異能を継がない子には興味を示さない。
そのことに私が気付いたのは、確か、私が八つの時だった。
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私は、親からの愛情を受けずに育った。理由など、決まっている。私が異能を受け継がなかったからだ。そのことは、最初から理解していたわけじゃない。ただ、あの日が来るまで、ずっと不思議に思っていたことがあった。
姉さま、蓮華や妹、桃夏には常に護衛がつけられ、ちょっと姿が見えなくなれば、使用人総出で捜索されるのに、私には、少しもかまわなかったこと。
二刻程姿を消した時でさえ、そうだった。
王宮の図書館の奥の禁書置き場で、絶対に習うことのできない、歴史から消されてしまった出来事を知ることが楽しかったから、つい時がたつのを忘れて読みふけってしまっていた時だ。
この時ばかりはさすがに怒られると思ったのに、両親は私がそれだけの時間、姿を隠していたことにさえ、気付いていなかったようだった。
二人は、こう言っただけだった。
「何か用なの?早く言ってちょうだい。忙しいのだから。」
そう言ったお母様の膝の上には、桃夏がちょこんと座っていた。桃夏も、お母様も、お父様も、皆、笑っていた。
それで、唐突に理解した。
私は、お父様やお母様にとっていてもいなくても変わらない存在なのだと。公主としての肩書を捨てるようなことはしなくても、愛情を与えるような存在ではないのだと。
今まで気にしたこともなかった、異能の有無。
どうして、私は異能を継げなかったのだろう。どうして、異能がないと愛されないのだろう。
どうしてどうしてどうしてどうして…
その日、それから私はずっと泣いていた。泣いて泣いて泣いて泣いて…
私は、親からの優しさを、親からの期待を、親からの愛を、全て。あきらめた。
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そんな、親からの愛はもらえなかった私だけど、気にかけてくれる人がいないわけではなかった。
異能を受け継ぐ家系の貴族の子供とは仲が良かったし、読書が好きだったから、その親たちからも感心されていたようだ。当時は、全く気付いていなかったけど。それに、舞や琴、琵琶などの公主として学んだことだって得意だったし、どこに行っても怒られないことを利用して、軍部の訓練所に行って、皆の動きを真似て剣術を覚えた。後々、それが役に立つとは思わなかったけど。
基本的に何でも難なくこなすことができたから、周りの貴族たちから、これで異能があればと言われ続けていた。私には聞かせるつもりはなかったようだけど、ちゃんと聞こえてくる。
話をしていた人たちは、全く悪気はなかったのだろう。
でも、そんな言葉の数々は、私の心をえぐり続けていた。
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そんな私を支えてくれたのは、家族としてみてくれたのは、姉さま、蓮華だった。
姉さまは、綺麗で、優しくて、強い、自慢の姉だった。内面が美しければ、その美しさは外まで伝わり、美しくなれる。外面は良くても、中身は腐っているような人なんか大勢いるから、そんなこと、少しも信じていなかったけど、姉さまを見たら、それが本当なのだと思えるほどに。
姉さまは、人が妖によって傷つくのを、殺されるのを、見ていられなかった。それで、お父様とお母様を説得し、城下町の見回りをして、妖と戦って町の安全を守ろうとした。
姉さまが持つ異能は植物を操るものと、治癒の異能だった。それで、植物を使って妖を滅した後は、必ず負傷した人の手当てをしていた。
私も、姉さまの役に立ちたかったから、医学や薬学の勉強をした。姉さまが戦っている間、周りの人を避難させたり、姉さまと一緒に負傷した人の手当てをしたりしていた。
こんな日々が、ずっと続くと思っていたのに。思っていたのに。どうして、姉さまが殺されなければならなかったのだろう。
私が十一の時だった。あの日、新しい毒の研究が長引き、見回りに一緒に行けなかった。終わった時にはもう夜が明けかけていたのに、姉さまは帰ってきていなかった。不吉な予感がして、城を飛び出た。外には、とてつもない量の妖気が充満していた。この濃さからして、妖の中でも上位に位置する鬼だろう。呼吸もできないほど苦しかったけど、その妖気が濃いほうへと必死で走った。一つの角を曲がると、鬼はいた。姉さまの護衛は全員倒れて死んでいて、姉さまもまた、血を流していた。そして、そんな姉さまを、鬼は今まさに吸収しようとしていた。
咄嗟に、私は毒針を鬼に向けて放った。その毒とは、昨晩私が作っていた毒で、妖を殺すかダメージを与えることができるものだった。実践は初めてだったし、姉さまが負けるほどの強さを持った鬼に効くかどうかはわからなかったけど、ダメージを与えることはできたようだった。鬼はふらつき、姉さまをズルッと落とした。その時、タイミング良く朝日が昇ってくれた。妖は陽光に当たると消滅してしまうため、鬼は姉さまを残したまま、逃げた。
「姉さま、姉さまあ!」
姉さまに駆け寄った私は、姉さまの命は、もう尽きかけていることを悟った。
姉さまは、私が仇を討ちたいなどと思うなと、普通の幸せを手に入れてほしいと、そう言った。でも、私はそれに背いた。
絶対に姉さまの仇を取る。そう、決意してしまったから。
姉さまは涙を流しながらも、その鬼は闇鬼という、鬼の中でも更に上位に位置し、その中にも六つあるくらいの中でも参である、惑赫という立場にいるのだと、教えてくれた。
「これだけは忘れないでね。麗華、貴女がどう生きるかは貴女の自由だけど、あなたに幸せになってほしいと思う人がいたことを。」
こう言って、姉さまは目を閉じた。もう、二度と開くことのない目を。
やっぱり長くなってしまいました…次からは多分もっと短いです。多分。