12話愛のあいさつ
穏やかな春風が部屋の中を元気良く舞い躍り、空へと飛び立ちます。
放たれた窓から光が溢れ、家守の置いたモーニングプレートの縁を飾りました。
それを受け取りながら少し恐縮するクニオと、なんだか偉そうにお礼を言うメフィストの対称的な姿を見て春枝は笑いました。
「家守、あなたも座って食事をするのよ。」
春枝が家守にそう言うと、家守はスーツの襟を正して断りの言葉をのべようとしました。
その様子を見ていたメフィストは、少し面倒くさそうに右人差し指をチョンと空に遊ばせて、家守の服装を今風のジャージとパーカーに変えてしまいました。
あらっ('∇')
20代の青年のような、少し頼りなさげな瑞々しい姿の家守に、春枝は目を開いて楽しそうに微笑みました。
「家守…あなた、わりと可愛らしい顔をしてるのね。」
春枝がからかうように言うと、家守は少しいたたまれない様に口を引き締めました。
「さあ、家守さん、早く座ってください。私は、お腹が空きました。」
戸惑う家守を助ける為にクニオが家守を椅子に座らせました。
「そうですね…今日は私がお茶をいれましょう。
昔、イギリスのご婦人に美味しい紅茶のいれ方をおそわりましてね。」
クニオはそう言って温めたポットに茶葉をいれました。
一杯は春枝さんの分。
二杯目なメフィストに
三杯目を家守の為に
四杯目は私に。
そうして、最後はポットのために。
ニルギリと呼ばれる、春の茶葉が、熱湯にほぐされて人魚のようにポットの中で泳ぎます。
すると、メフィストがテーブルの下の謎の空間からバイオリンを取り出して弾き始めました。
その曲にクニオは聞き覚えがありました。
それはイギリスの作曲家エドワード・エルガーと言う人の作った曲です。
この曲は1888年、年上の恋人、キャロラインとの婚約記念として作曲されたものです。
家守は、メフィストの演奏するその曲の優しい響きに驚いて思わずテーブルに右手を置いてしまいました。
『愛のあいさつ』と呼ばれるこの曲を知らなかった訳ではありません。
昨日からの無礼で、メフィストと言う神は、人の気持ちを考えられない、勝手坊だと思っていたので、こんなに優しい春の微風のような曲が演奏できるなんて思わなかったのです。
誰もが黙って曲を聴いていました。
弾き終わったメフィストは、誰もが無口でこちらを見ている事に少し戸惑いましたが、何かを思い出して慌ててクニオに声をかけました。
「クニオさん、紅茶、いい感じじゃないですか?」メフィストの言葉にクニオはポットを見ました。
そうです、クニオは紅茶を作る途中でした。
「蒸らし時間を計ってくださったのですね?」
クニオは、メフィストを見て笑いました。
『愛のあいさつ』と言う曲は、おおよそ3分の曲です。それは、紅茶の蒸らし時間と同じくらいなのです。
「良いでしょ?この曲は、カップラーメンを待つときにも重宝する、名曲なのです。因みに『檄!帝国華撃団』は神曲です。(^_-)」
メフィストはそう言って腰にバイオリンをもって行き、優雅に挨拶をして席に戻りました。