8話千本桜
晩餐の席にギターの音色だけが流れている。
メフィストはとても満足でした。
ここにいる全員が、自分の音色に聴き入って微動だにしないのですから。
この選曲に間違いはなかったな。
メフィストは自分の信者たちがよく聴いている『千本桜』と言う曲を選んでよかったと満足していました。
それを聴いている春枝が混乱しているなんて考えもしていませんでした。
春枝は混乱していました。
フラメンコギターでの演奏。しかも、スペインの話を長々としてからの演奏なのですから、
華やかなフラメンコの曲を奏でるものだと思っていたのです。
しかし、始まった曲はどことなく物悲しく感じました。
「古賀政男を思い出すとか言ったら、気分を害したりするかね?(-"-;)」
演奏の終盤で春枝はクニオにそっと耳打ちをしました。
「古賀政男…ですか。」
『千本桜』と言う曲を知っているクニオは、少し戸惑いながらそう呟きました。
『千本桜』と言う曲は、黒うさPさんが作詞、作曲された曲で、ボーカロイドと言われる仮想世界の歌姫、初音ミクさんの持ち歌としてインターネットの世界から人気がでた、新感覚の楽曲です。
インターネットの世界では、様々な人たちが演奏したり、歌ったり、とても愛されている曲で、若い人を中心に人気があるので、いきなり古賀政男さんが飛び出したことにクニオは驚いたのでした。
古賀政男さんは、昭和の日本の作曲家です。
作曲をするにあたってギターを主に使われたようで、現在でも、年配のファンがその物悲しくも美しい響きを演奏してネットの動画にアップされています。
「ち、違うかしら(///∇///)
なんていうの?マカロニウエスタン…?メキシカンな響き?!
よくわからないけど、フラメンコに聞こえないわ。」
春枝は混乱していました。
そんな春枝にクニオは優しくお茶を入れてあげながら囁きました。
「この曲は、紅白に出場した日本の曲ですから、フラメンコに聞こえなくても仕方ありませんよ。
『千本桜』と呼ばれる、ネットで若者に人気の曲なのです。」
クニオは優しく説明し、演奏し終わったメフィストは、あまりこの曲がウケて無いことに気がついて渋い顔をしました。
私の曲で解説マウントをとられるなんて!!
メフィストは、春枝に尊敬されるクニオをよく思いませんでした。
演奏したのはメフィストです。
その演奏者を差し置いて、解説自慢をとられるなんて、とても我慢が出来ません。
メフィストは、いつでも一番の注目を受けていたいのです。
さて、どうしようか?
メフィストは、少し考えました。
何とか春枝の興味と尊敬をこちらに向けなくてはいけません。
そうすれば、きっと、皆がメフィストに注目するからです。
春枝さんは、どんな曲が好きなんだろう?
メフィストは少し考えて、派手にギターをかき鳴らすと、二曲目を弾き始めました。
春枝が知っていて、明るくて、ダンサブルな一曲…
メフィストは、『サンバ テンペラード』と言う曲を演奏し始めました。
今度は、ティースプーンにドラムスを頼み、景気よくカップを叩かせ、
ソルト&ペッパーにマラカスを担当させる事にしました。
この作戦は成功したようでした。
「これは、私も知ってるよ。ルパンの曲だろ?」
と春枝が目を輝かせました。
これに気を良くしたメフィストは、銀のティーポットを温め、口笛をふかせて演奏仲間を増やして行きました。
テーブルは、食器たちのサンバ会場へと変身し、
フォークとナイフが軽やかにテーブルを踊ります。
なんとも賑やかなテーブルを見ながら、家守が思案していました。
テーブルウェアーのお行儀を正さなくては行けません。
晩餐のテーブルウェアは、清潔で整然としているのが望ましいからです。
けれど、ここでテーブルウェアを叱っては、春枝の楽しそうな笑顔まで消えてしまいそうです。
ここ最近、難しい顔ばかりの春枝のガッカリとした顔なんて家守は見たくはありませんでした。