7話おやき
テーブルセッティングを終えた春枝は、家守に声をかけました。
「お前も早く着替えておいで。」
「ですが、私には、まだ給仕の役目が…。」
家守は困ったように春枝を見ました。
「おやきとポトフの夕食に給仕なんかいらないよ。
さあ、私も着替えるんだから、さっさと準備をしておくれ。」
春枝は、少し急かすように家守に言いました。
家守はまだ少し困って、戸惑っていましたが、春枝の機嫌が悪くなっては困るので、一度礼をして闇へと消えました。
春枝は、それを見届けると、自分も夕食の為に着替えることにしました。
次にダイニングに現れた春枝は春を思わせる少し、くすんだ淡い紫のワンピースに少し古い型のエプロンドレス姿をしていました。
働き者の家守の変わりに給仕も出来ますし、
60年代のアメリカ映画の主人公みたいで、春枝はこのエプロンドレスが大好きでした。
待っている間に、黒部の辺りの温泉に浸かってきたメフィストとクニオも着替えてやって来ました。
クニオは少し厚手の昔風の生なりのセーターとスラックス。
メフィストは、ボヘミアンな雰囲気のシャツと派手な異国のスカーフを帽子のように頭に巻いて、海賊のような姿をしてきました。
家守は作務衣と言う和装をしてきました。 これは、お坊さんが掃除など、日常の作業をするときに着る服で、カジュアルな中にも給仕などの仕事も違和感なく出来るようにと言う家守の気持ちが現れていました。
髪をしっかりと撫で付けて、姿勢のよい家守の姿は、なんだかお坊さんみたいで春枝は、なんだか笑ってしまいました。
「何か、おかしいでしょうか?」
家守は春枝をみて心配そうに聞きました。
集まった人達が、これだけ個性的な服を来ていることに家守は戸惑っていました。
「何も…おかしくは無いよ。でも、今は家守もお客様だからね。」
春枝は、ねんを押すように家守に言いました。
「お嬢様も…で、ございますよ?」
エプロンドレスの春枝の姿に、家守もねんを押しました。
「だいじょーぶですよ。春枝さんのエスコートは私がやりますからね。
さぁ、みなさん、すわって座って!」
メフィストが春枝と家守の方を叩き、なんだか自分の家のように自慢げに皆を席へと誘いました。
それでも、おやきについては、春枝が楽しそうに説明をします。
「おやきは、私の故郷ではポピュラーな食べ物なんだよ。
普通はおやつ…スナック?感覚で食べるんだけど、
パンよりこっちが良いかと思って、久しぶりに作ってみたんだ。」
春枝は少し心配そうにメフィストを見ました。
メフィストは、手の中に収まる真ん丸のおやきを手にして、クニオを見ました。
そして、真似をするように二つに割ると、中には美味しそうな野菜の餡が入っていました。
「トマトソース味ですね。」
メフィストは、自分の為に少し洋風に作られたおやきを見て微笑みました。
「うん。普通はあんことか、漬物なんだけどね。
囲炉裏とかがあった昔は、冬に良く作ったんだけど、最近はお店で買うことが多くなったんだ。
久しぶりに作ったから、少し心配なんだけどね。」
春枝の照れ笑いにメフィストは笑顔で返しました。
「素敵です。ありがとう。」
メフィストは、お返しにウインクを春枝に投げて、クニオと家守を複雑な気持ちにさせました。
ウインクでおやきのお礼をするなんて、映画だけの話だと思っていたので少し驚いていたのです。
「ピザ味ですか…今風ですね。」
クニオは控えめにそう言って春枝に微笑みました。
「私は…白菜の漬物の方が好きです。」
家守は黙々と食べ、食べ終わると静かにそう言いました。
春枝は、少し不機嫌そうな家守の様子に少し悲しくなりましたが、
囲炉裏があった昔、はじめて作ったおやきの餡が、おばあちゃまの白菜の漬物だった事を思い出して、懐かしさに胸が痛くなりました。
春枝のおばあちゃまは、20世紀と共に異世界へと逝ってしまったのでした。
「酷いなぁ…ヤモリくん、春枝さん、今にも泣きそうじゃないか。」
メフィストは、悲しそうな春枝の為に、家守に抗議をしました。
家守は慌てて春枝を見ました。
心配そうに見つめる家守の困った顔を見ながら、春枝はため息を一つつきました。
「すいません。」
家守は、メフィストの行動に気持ちが掻き乱されたこと謝りました。
「謝ることはないよ。私も、白菜の漬物が一番好きだよ。おばあちゃまの優しい味がしたからね。でも、今の私には、あの味は出せないから作らないんだ。
いつか…私がおばあちゃまのような美味しい白菜を漬けられるようになったら、一緒に食べようね。」
春枝が家守に微笑むと、家守もつられて微笑み返しました。
「はいっ。わたくし、頑張ります。」
家守の嬉しそうな返事を聴きながら、メフィストとクニオは思いました。
家守…あなたが作る側ですか?と。
はぁ…つまらない。
メフィストは、楽しそうに見つめあう春枝と家守をみて面白くありませんでした。
メフィストは、いつだって、パーティの主役でいたい人物だからです。
皆にチヤホヤされたいのです。
つまらないなら、面白くするのみです。
メフィストは、何かを思いついてワクワクしながら急いで食事を食べ終えると、テーブルの下の謎の空間からギターを取り出しました。
「春枝さん、皆さん、今日は私のためにありがとうございます。
お礼に一曲、お聞かせします。」
ぽろろーん。
メフィストの持つフラメンコギターが物悲しく、異国情緒を醸し出しました。
皆がメフィストのギターに注目しました。
メフィストは、皆の視線が自分に集まった事が楽しくてたまらなくなりました。