6話光を嫌う者
テーブルの上でフライパンに入れられたソーセージが燃えていました。
メフィストが、お酒のおつまみに、リンゴ酒をソーセージに振りかけて火をつけたのです。
西洋では、このような調理方法をフランベと呼んでいます。
「スペインでは…チョリソーと呼ばれる辛いソーセージを食べるのですが、
信州にも様々なソーセージがありますから、本日はそれを使ってみましたよ。 どうぞ、召し上がれ!!」
メフィストは、まるでマジシャンのように両手を広げました。
すると、フライパンの中でユラユラと揺れていた炎が激しく燃え上がり、火の精霊サラマンドラに変身すると、宙をくるりと回転して消えて行きました。
メフィストは、火が完全に消えて、アルコールが蒸発したのを確認して、春枝とクニオにソーセージを取り分けました。
それから、思い出したように一度手を止めて、
「君も食べるかい?」
と、家守に聞きました。
家守は、部屋のすみに起立したまま穏やかな声で
「結構です。」
と、短く返事をしました。
メフィストは、仕事に集中する家守を堅苦しい奴だと思って肩をすくめました。
時代は令和に変わったのです。
執事だって、少しは気を許してもいいと思ったのでした。
「ご苦労だね。じゃあ、夕食に私が家守の為につくってあげるわ。」
春枝は、ピンと背筋を伸ばして立つ、真面目な執事を労いました。
家守は少し驚いて目を見開き、それから、少しはにかんだ笑顔を漏らして春枝をみました。
「それでしたら…、それでしたら私の、春キャベツと新玉ねぎでポトフをお作りします。
召し上がっていただけますね?」
それは、仕事を越えた、優しげな響きのある台詞だったので、メフィストは再び肩をすくめてため息をつきました。
「ポトフかぁ…いいね。じゃあ、私は、パンを焼こうかね。
皆で楽しく夕飯を囲むのもいいわ。」
春枝は嬉しそうに微笑んで、それを見たメフィストを喜ばせました。
「いいですね…。では、次はスパークリングワインで、ぱぁっと盛り上がりましょう。
ワタシ、フラメンコギターも得意です。」
メフィストは嬉しそうに春枝に笑いかけ、そんなメフィストに笑いかける春枝を見て、家守は静かに会釈をして消えて行きました。
きっと、夕飯の準備にいったのでしょう。
クニオは、何も言わずに消えた家守の事を考えました。
「私やメフィストさんが、夕飯までご馳走になるなんて、ご迷惑ではありませんか?」
クニオは、心配そうに春枝をみました。
急な客人の二人分の夕食の材料を家守は準備できるのでしょうか?
「大丈夫だよ。食料は沢山あるし、私も手伝うし、」春枝は楽しそうに笑いました。
「私も、手伝いますよ。」
メフィストも笑顔でクニオを見ました。
でも、クニオは、全然安心出来ません。
きっと、家守は、春枝と二人がいいに違いないと、はにかんだ家守の笑顔を思い出しながらクニオはそんな気持ちがしました。
「ところで、メフィストさんは、なぜ、ここへいらしたのでしょうか?」
クニオは、少し不機嫌にメフィストに聞きました。
メフィストは、急に不機嫌になったクニオの気持ちが分かりませんでした。
急に不機嫌な顔を向けられて、メフィストも気持ちが良いとは言えませんでしたが、ここへ来た理由を思い出して、そんな事はどうでもよくなりました。
「そうですっ。お酒なんて飲んでいる場合ではないですよ。
物語を探さなくては!
わたくしのお祭りが出来ないのです…。
毎年、あの逆ピラミッドの建物に姫巫女達が集い、私の勇姿を崇め、踊る…あの祭典が、開けません。
コロナ……なんと憎々しい!
私も、神々が元気を取り戻せるような、素敵な物語を作り、私の信者達を元気付けたいのですっ。」
信者…(-_-)
祭り( ̄〜 ̄;)
なんだか、ヤル気満々になってきたメフィストを見ながら、春枝とクニオは、メフィストの言葉の意味を推理し始めました。
「逆ピラミッドって……このヒト、出身はエジプトかね(-_-;)」
春枝が小声でクニオに耳打ちをしました。
逆ピラミッド?…信者…物語?
それらの言葉を聞いて、クニオは、はっとひらめきました。
そして、少し、楽しそうに春枝に教えたのです。
「それは多分、コミックマーケットの話ですよ。
彼は、元々、アニメや漫画から、人々に愛されたようですから。
若者は、作品のファンの事を『信者』と呼ぶらしいですから、その辺りから神戻りをしたのでしょうね。」
クニオは、都会で年に数回行われる、物語の祭典を思って楽しくなりました。
「笑っている場合ではありませんよ。
早く、この厄を終息させなくてはいけませんからね。
もともと、私は、ギリシアで、『光を嫌うもの』と呼ばれていました。
私は、夜の有害な光から子供達を守り、健やかな成長を促すのが役目でした。
最近は、子供達の夢から明るい色が消えてきましたから、
楽しい物語でカラフルな夢を取り戻させてあげたいのです。」
メフィストの熱心な表情に春枝とクニオもやる気がわいてきました。
「そうだね、さあ、物語を探そう。」
春枝の言葉に、二人も強く頷きました。