5話鬼やらい
床を心配する家守の気持ちも知らずに、メフィストは、立山方面の天井を仰ぎ見てチャーミングなウインクを一つしてから腰の辺りに固定したグラスにめがけてシードラを注ぎます。
このヒト…立山の神様を女神だと勘違いしてるよね(-"-;)
春枝は、お調子者のメフィストの行動にヒヤヒヤしました。
基本、日本では山の神様と言えば女神とされていますが、勿論、男の神様が祀られている山もあります。 修験道の山としても有名な立山の神様は男です。
メフィストは、それを知らずに、女神にウインクをなげているつもりなのでしょう。
コロナで忙しい神様達が、こんなくだらない事を気にしたりはしないでしょうが、見ていて気持ちの良いものでもありません。
とは言え、すらりとした長身に華やかな藍のスーツに身をまとい、
引き締まった腕を高々と上げてシードラを高低差のあるグラスに向けて注ぐ姿は、まるで少女漫画に登場する執事の美しさです。
こうして、高低差のあるグラスにシードラを注ぐのは、お酒に空気を含ませるため…でしたか。
クニオは華やかなメフィストの姿を興味深く見つめていました。
希臘の神と自称するだけあって、古代ギリシアの壁画にあるような上品な額と形の良い鼻。
烏の濡れ羽色の深い黒の髪が、つややかに午後の日差しを反射していました。
そして、地中海のような輝くサファイアの瞳。
キュッと締まった腰から尻にかけてのラインの横で、金色に輝きながらリンゴ酒がグラスへと吸い込まれて行くようです。
よそ見をしながら飲み物を注ぐのは、日本では、お行儀が悪いことですが、バスク地方の人達は、こうして祭りを祝うのです。
勿論、バスク地方の人達も、美味しいシードラを地面に飲ませるなんて、勿体ないですから、上手にグラスに注ぎ入れるのです。
とは言え、グラスからこぼれてしまう時もあります。
メフィストは、上手く注ぎ入れられるのでしょうか?
家守はヤキモキしながらメフィストの足元を見つめていました。
しかし、メフィストはとても上手に注ぐので、まるでお酒が自分からグラスにダイブしているように見えました。
が、それでも、小さな水玉がいたずら小僧のようにグラスに当たると元気に飛び出して行くのを家守は見逃しませんでした。
やれやれ…お客様が帰られたら、床掃除を丁寧にしなくては行けませんね。
家守はモップがどうしているかを思い返しましたが、モップの出番は無いようです。
グラスから飛び出した、小さなビーズのような水玉は、宙を踊り、そして、床にたどり着くとキラキラと輝きながら、羽衣を身につけた妖精の姿に変わり、フワリと天井へと舞い上がるとリンゴの花となって散りながら消えて行きました。
「とても美しいですね。」
と、クニオはメフィストの無礼な振る舞いなど忘れたように、春枝に声をかけました。
「ええ…本当に。」
春枝もため息をつくように、うっとりと答えました。
「西洋の鬼やらい…なのでしょうか。」
クニオは目を細めてメフィストを見つめながら春枝に言いました。
「鬼やらい?」
「はい。聖セバスチャンのお祭りは、1月〜4月まで。彼は黒死病から人々を救ってくださるそうです。
日本も2月の節分、3月のひな祭りと、無病息災を祈る祭りがあります。
一年でもっとも寒く、栄養がとれなくなる時期に、人々が集まり、暖をとり、ごちそうを食べて、風邪などの病気と戦う免疫力をアップさせるわけです。
我々と同じような事を西班牙の方々も行っているのでしょうか?」
クニオは、甘いリンゴ酒の香りに酔いながら、昔を懐かしむようにそう言いました。
クニオが、よく柳田先生を思い出すので、とりあえず、二次小説のタグをつけておきました。
彼は先生が昔の同僚から貰った四つ葉のクローバーのしおりの物神で、「クニオ」と、裏面に書かれたので、
クニオになりました。