4話メフィスト
長野産のリンゴ酒を手に、得意気に天井を見つめるメフィストフェレスを家守は苦々しく見つめていました。
お嬢様とお客様をサーブするのは、わたくしの役目ですのに。
家守は、取って置きのリンゴ酒をグラスに注ぐ仕事をとられて不満でした。
けれど、春枝のお客なので我慢をしました。
そんな家守の気持ちなど知らずに、メフィストは、美しい所作で、封を切り、コルクを開けると右手にそれを持ち、左手には、切子細工の美しい赤いグラスを手にして得意気に話始めました。
「ああ、日本でこんな上品な香りのシードラと出会えるなんて、思いもよりませんでした。
シードラ…私が若い頃に旅をしたスペインのバスク地方では、この華やかなリンゴ酒をこう呼ぶのです。
今の時期は、サン・セバスチャンの祭りで、かの国は例年盛り上がるのですがね。
私は、キリスト教は…なんと言うか、好きではないのですが、
こんな時期ですからね、 黒死病と兵士、競技選手を守護する方ですから、ここは、彼の為にシードラを酌み交わすのも良い気がしますよ。ええ。」
メフィストの長いセリフを、クニオは興味深く見つめていました。
サン・セバスチャンの祭りは、1月〜4月まで。
スペインの人達は、シードラを酌み交わしてお祝いするのだそうです。
聖・セバスチャンは、昔のローマの人で、ローマ皇帝がキリスト教徒を迫害していたときに、キリストの教えを広めようとして処刑されたと伝えられています。
後に、黒死病と言う流行り病がヨーロッパで猛威を振るっていたときに、ある国の王様が、聖セバスチャンに祈ったところ治まったと、伝えられているようです。
クニオは昔、柳田先生と、そんな昔話や伝説を集めていたことを思い出して懐かしくなりました。
クニオも先生について、ヨーロッパを旅したことがありました。
それはスイスと言う美しい国でした。
1920年、新しく組織された国際組織に日本の役人として翌、1921年、柳田先生が任命されたからです。
ですから、スイスのジュネーブと言うところには、沢山の国の人達が集まり、面白い話を聞く機会もあったのでした。
「スペインでは、シードラは、ピコス・デ・エウロパと言う誇り高き山を見ながら注ぐのがお約束ですが、
今回は、この美味し甘露を産み出したる信濃の神に敬意を称して立山を向いて注ぎましょう!!」
と、メフィストは、右手のリンゴ酒のボトルを高く持ち上げると、左手に持って、腰の辺りに斜めに固定したグラスに向けて勢い良く、よそ見をしながら注ぎます。
そんな注ぎ方をされては、せっかく磨きあげた床がお酒でびちゃびちゃに(○_○)!!
家守は気を失いそうになるのをグッと耐えながらメフィストを見つめていました。
信濃の神様を称えるのに、立山って…なんだかな(-"-;)
春枝は、メフィストのチャラい口ぶりにモヤモヤしていました。