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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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26話 知りたくない真実 後編

「……ちょっといい?」


 美鈴(みれい)が険しい表情をしながら私の耳元で囁いた。

 本を閉じて机の上に置く。料理開始から数分で、料理未経験の私は戦力外通告を二人に突きつけられ、挙句の果てにキッチンから追い出されていた。


「なんだ?」

「やっぱり、今朝から(あかね)さんの様子が変だと思って」


 理由はなんとなく察することができる。

 ……一二三(ひふみ)だ。


「……まさかまだ理由がわからないのか?」

「もしかして、私今貶されてる?」


 新年早々に起きた事件。ラブホテルで起きた密室殺人を解決してから、茜は一二三のことを意識するような言動をしていた。

 恐らくその前から自身でも理解していなかっただけで、ずっと一二三に対してそのような感情を抱いていたのかもしれない。


 美鈴がキッチンに立つ茜のことをジッと見つめる。


「あぁ、もしかしてそういう……」


 察しの悪い美鈴でも、茜が何を考えているかわかったようだ。


「……仕方ない、少し出かけるぞ」

「いいの?」


 彼女の疑問は当然だ。私の行為はライバルに塩を送るようなものだ。

 だが、それでもギクシャクした状態で仕事を続けられるよりは何倍もマシだと考えた。……勿論、それで更に二人の関係が悪化する恐れもなくはないのだが。


「まあいいか。私はもう一二三にフラれてるし」

「……フッたの間違いだろ?」

「否定はしないけど、もっとオブラートに包んでくれない? ……それに、一二三と茜さんが付き合ったら面白そうだしね」

「はぁ⁉」


 ……欠片も想像していなかった。


 そんなこと、絶対にあり得ない。そう思っていても、頭の中で最悪の想像をしてしまう。

 私は慢心していたのだ。そのことを嫌でも自覚してしまう。


「あれ、少し怖くなってきた?」

「そんなわけないだろ! いいから行くぞ」


 思考を振り払い、美鈴の腕を強引に掴む。そして外へ出た。

 ……大丈夫、一二三は私を捨てたりなんてしない。そんな自分勝手で薄暗い感情を抱きながら。



「本当にかなり遅くなっちゃったなぁ……」


 スマートフォンで時間を確認する。もう日付が変わる直前だ。

 チョコを作っていたのもあるが、その後本の処理作業も再開して、結局夕飯まで御馳走になってしまった。


樹里(じゅり)ちゃん、ご飯ちゃんと食べたかな……」


 樹里は食事に関しては極端に興味が薄い。

 今日は茜が休みだ。最悪の場合、今日一日何も食べていない可能性だってある。


 あれから樹里と茜には何度か連絡をしたのだが、結局一つも返事はなかった。


「……遅かったな」

「樹里ちゃん⁉」


 マンションの入り口で樹里が寒そうに白い息を吐いていた。彼女の手には、コンビニのビニール袋が握られていた。


「それが夕飯?」


 何も食べないよりはマシだが、それでも夕飯にしては袋のサイズも膨らみも小さすぎる気がした。


「いや、これを渡したくてな」


 そう言って袋から既製品のチョコを二つ取りだした。


「私と美鈴からだ」


 正直、驚いていた。

 美鈴もそうなのだが、何より樹里がバレンタインのことを覚えていたのが予想外だった。


「……本当はちゃんと作ろうと思ったのだが」

「いいよ、…すごく嬉しい。それに樹里ちゃん料理できないしね」


 私が樹里のことをからかうと、彼女は顔を真っ赤にして私の身体に抱き着いた。


「なあ、一二三は私の前から消えたりなんてしないよな?」

「え? ……うん、そんなことするわけないよ」


 この時の私は、樹里がいきなりこんなことを聞いてきた理由がわからなかった。

 だが今思うと、恐らく彼女は本当にいなくなってしまった人のことを思い出していたのかもしれない。


 日守(ひもり)琴子(ことこ)、彼女は今も眠り続けている。ある意味、琴子は樹里の前から姿を消してしまったのだ。

 だからこそ、樹里は別れを恐れている。


「大丈夫……、なんて保証はできないけど」


 未来のことなんてわからない。これから先、何が起こるかなんて私にはわからない。

 だからこそ、これは願いだ。


「私は樹里ちゃんとずっと一緒にいたいって思ってる」


 勿論この願いは美鈴と茜も例外ではない。ただ樹里に抱いているこの感情は別物だ。

 樹里は私の大切な家族なのだから……。


 ……もう、二度と家族を失いたくない。

 父と、加奈子(かなこ)おばさんと別れた時の悲しみを、二度と味わいたくない。


「そうか、……少しだけ安心した」


 樹里は私から離れ、マンションの中へ入っていった。

 私も彼女についていこうとしたのだが……。


「一二三さん」


 不意に名前を呼ばれ、振り向いた。

 いつの間にか、私の後ろに茜が立っていた。


「茜さん、どうしたのこんな時間に」

「少し、話があって……」



「おはようございまぁす」


 次の日、つまりはバレンタイン当日の二月十四日だ。

 茜はいつもと変わらない様子で部屋に入ってきた。


「あれ、今日は眼鏡なんですね」


 一二三も普段通りの調子で茜に話しかける。


「ちょっと今朝は寝坊しちゃって、あはは……」


 私は昨晩の二人の会話を聞いていない。だが、その結果がどのようなものであったのかは、茜の真っ赤になった目を見ればすぐにわかった。


 ……よかった。


 心の底から、私は安心していた。それが逆に自身の神経を苛立たせてしまう。


「……樹里さん」

「なんだ?」


 茜が悲しそうに微笑みながら、机の上に小さな紙袋を置いた。


「食べてください。……昨日渡せなかったので」

「はぁ……、どいつもこいつも……」


 私だって渡せていないというのに……。

 冷蔵庫の中にひっそりと隠してある二つの不格好なチョコ、あれも処理しなければならない。


 茜に渡されたチョコに秘められた想い、それを解き明かす資格を私は持ち合わせていない。

 ……いや、私はその真実を知りたくなかった。

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