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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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24話 交換密室④ 一人の目撃者

 インターホンも鳴らさずに樹里(じゅり)が玄関の扉を開けた。幸い、玄関に鍵はかかっていなかった。

 昨晩樹里に言われた通り、私たちはアポなしで四ツ谷(よつや)家に訪れていた。


「うっ……、何この臭い……」


 扉が開いた瞬間、中から異様な臭いが漂ってきた。昨日訪ねた時の芳香剤が混ざった臭いではない。明らかに中で何かが起きていた。


「流石に隠しきれなくなったか」

「樹里ちゃん、この臭いがなんだかわかるの?」


 樹里は頷いたが、答えは言わずに家の中へと入った。


「ちょっと! いきなりなんなんですか⁉」


 恵子(けいこ)の制止を無視して、階段を上り二階へと向かった。昨日は樹里の強引な行動で恵子に申し訳なさを感じていたのだが、今回は樹里が正しい。そう思えるほどにここは異常だった。


 樹里が扉の前に立ち、ドアノブを握った。

 そこは昨日恵子によって入るのを拒まれた、四ツ谷大智(たいち)の部屋だ。そして異臭はこの先から漂っていた。


「やめてください!」

「お前の負けだ。四ツ谷恵子、そして四ツ谷大智」


 そう言って扉を開けた。中には大智がいるはずなのだが……。


 ……私は思わず、息を呑みこんだ。


 今まで樹里と共に何人もの遺体を見てきた。だから驚かなかったというわけではない。

 ……ただ、私は目の前に転がっている肉塊を、しばらく人間だと認識することができなかったのだ。


 私は数年前にテレビで見た海外の施設を思い出した。

 そこは医学生のための場所で、様々な条件の遺体がどのように腐敗していくのかを観察することができる。


 日本のテレビ番組がその施設を取材しカメラで撮影した映像を見ても、私は恐怖や嫌悪感を感じなかった。

 顔と性器以外はモザイクで隠されていない腐敗した遺体が非現実的すぎて、普段何百何千と見ているはずの人間たちのなれの果てだとは思えなかった。


 ……そう、今と同じように。


「なるほど、これが今回の事件の犯人のなれ果てか」


 樹里のその言葉で、私は理解した。

 目の前に転がっている、皮膚が黄色く変色し身体がガスで膨張したブヨブヨの肉塊こそが……、四ツ谷大智だということに。


 臭いの原因は大智の遺体、つまり腐敗臭だ。彼の放っていた死の臭いを私たちは昨日も嗅いでいたのだ。


 戸惑う私や顔を真っ青にしている恵子のことを無視して、樹里は真っ先に机の上に置かれていたノートパソコンを起動した。


「ご丁寧にパスワードのメモ付きか」


 不謹慎な笑みを零しながら、樹里がパソコンを操作する。

 私も恐る恐る近づき、パソコンの画面を覗き込む。画面に表示されていたのは、フリーメールのログイン画面だった。そしてそのアドレスとパスワードが記されたメモも机に貼られていた。

 樹里がそれを見ながらキーボードを指で叩く。


「……やはりな」


 ログインに成功すると、樹里が呟いた。

 これといって不審なメールは届いていない。しかし、下書きにメールが一件だけ残っていた。


『探偵が来た。半年前のことをほじくり返そうとしている。連絡求む。 浪江(なみえ)


「これがお前の目的だったんだな」

「……もしかして、メールの下書きを使ってやり取りをしていたってこと?」

「あぁ、普通にメールを送信をするのではなく、一つのアカウントを二人で共有することで連絡を取っていたんだ」


 浪江は大智が死んでいることに気づいていなかった。だから私たちが事件を調べ始め、真実が暴かれることを恐れて大智と連絡を取ろうとした。

 それが恵子の目的、ということは……。


「お前は息子が朝倉(あさくら)浩司(こうじ)を殺害したことは知っていたが、夫を殺した人間は知らなかった。そしてそれを聞き出そうとしている間に息子は自殺してしまった。まあ、大方浪江が犯人だと見当はついていたんだろうな。……だから私たちを使って犯人にこうやって自爆させようとしたんだ」


 大智は浩司を殺した後、密室を作り帰宅した。そして現場である書斎に入り、カギをかけた。それが二つの密室のトリックだ。つまり、第一発見者である恵子は部屋に閉じこもる大智の姿を確実に見ていたはずだ。


「四ツ谷大智を庇った理由、それはお前も史人(ふみひと)のことを殺したいと願っていたからだ」


 四ツ谷一家がこの地に引っ越してきた理由。それは史人による度重なる暴力、その際の騒音が近所とのトラブルの原因になり静かなI県の田舎町に引っ越してきたそうだ。


「……何故、気づいたんですか?」

「お前はずっと利き手側の肘を押さえていた。ケガによる後遺症、もしくはそれが治癒した後も残った癖だ。……似たような人間が近くにいたおかげですぐ気づいたよ」


 恵子は右手で文字を書いていたが、コーヒーカップを持つときは左手を使っていた。別におかしいというわけではないが、私はそのことに小さな違和感を持っていた。

 きっと彼女は痺れを起こしたりしてコーヒーカップを落とすことを恐れていたのだ。私も以前に似たようなことをしてしまったことがある。

 つまり、私が抱いていた違和感の正体は、ある意味親近感だったのだ。


「そんな状態のお前に車の運転ができたとは思えない。だから私は真っ先に四ツ谷大智が車に乗り、T県の現場に向かったと考えた。彼が既に死んでいることも昨日のお前の態度から簡単に想像できたよ」

「……とりあえず、警察を呼ぼう」


 恵子はこの事件の犯人ではない。罪に問われるとしたら偽りの証言と遺体の放置だろうか。だが、少なくとも大智の遺体と朝倉浪江をそのままにしておくわけにはいかなかった。


「……私は後悔なんてしていませんよ」

「そうだな。暴力を振るう夫もいなくなり、引きこもりの息子も消えた。その結果、お前は自由を得た。……独り勝ちだな」



 朝倉浪江はすぐに警察に捕まった。

 掲示板で大智と知り合い、そして彼女から交換殺人を持ち掛けた。その後は樹里の予想通り、フリーメールのアカウント共有を利用して連絡を取り合い、そして半年前計画を実行に移した。


 大智のパソコンからはその掲示板にアクセスした履歴だけではなく、遺書も見つかった。

 人を殺した罪に耐えきれず自ら命を絶つと書かれていたそうだ。


 交換殺人のメリットは他人を殺すから罪の意識が薄いこと。……そんなのドラマの中の話だ。

 実際は他人だとしても人を殺すという重罪を犯してしまったことには変わりない。更に言ってしまえば、結局は自身が殺したい人間も死ぬのだから、二人殺害してしまったようなものだ。


「……なんだかすっきりしないなぁ」


 スマートフォンの電源を切り、ベッドの上に投げる。そしてノートパソコンで今回の事件の報告書を書いている樹里を後ろから抱きしめた。


「人が死んでいるんだ。すっきりする結末なんて存在するわけないだろ」

「まあ、そうだけど……」


 彼女に正論を言われるとは思ってもいなかった。

 ……死に慣れてしまったら、人には戻れない。少し前に浦崎(うらざき)に言われたことを思い出し、唇を強く噛んだ。

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