20話 不死殺し結 銀の弾丸
「私の予想が正しければ、神崎芽衣は……」
一人きりの公園で私は呟いた。
この場に人間は私しかいない。だが、彼女がいるはずだ。
『まあ、そうかもね』
脳内に女の声が響く。遊戯世界の住人、『双貌の魔女』の声だ。
「まったく、不死身の吸血鬼を自称していたのがなんだか恥ずかしいな」
『あら、普通の人間とは違うんじゃなかったの?』
「……勘弁してくれ」
魔女がケラケラと笑う。
私は少しだけ後悔していた。……魔女と二人きりになったことではない。
「お前たちは妄想の存在なんかじゃない」
『今更? らしくもない……』
「お前だって自分のことを私の妄想だと言ってたじゃないか」
……まあ、今となってはどうでもいいか。そう考えていると、頬に温かいものが当たった。
「……先に帰れって言っただろ」
「放っておけなくてね」
一二三が缶コーヒーを二つ握りながら微笑んだ。
一本受け取り、蓋を開けた。温かい液体を喉に流し込む。
「……苦い」
ブラックコーヒーの苦みが、しばらく舌の上に残った。
●
二〇一X年 三月某日 警察署喫煙室 盗聴記録より抜粋
『ふぅ……。さて、どう報告したらいいのやら……』
『あれ、浦崎さんどうかしたんですか?』
『おや、岸部くんですか。君も一本、いかがです?』
『ありがとうございます。……それで、もしかして浦崎さんが悩んでいるのは、例のマジシャン殺しの件ですか?』
『察しが早くて助かります。解剖の結果、神崎芽衣の遺体から弾丸が見つかったのですが……』
『あぁ、あれですか。しかし犯人も馬鹿ですよね。特殊な加工をして作った銀の弾、あのガキがいなくても少し調べたら簡単に犯人を捕まえることができたでしょうね』
『まあそう言わずに。でも、変なんですよねぇ……。身体から取り出された弾は一つじゃなかったんです。まぁ、そっちは普通の弾なんですが』
『つまり、神崎は二発撃たれていたってことですか?』
『いえ、あの時撃ったのは一発で間違いないはずです。恐らく二年前の事故の時に浜口が撃ったものだと思うのですが……』
『そんなわけ……、本当に二年前に撃たれたものだとしたら、どこかで摘出手術をしているはずですよ⁉』
『えぇ、それはわかっています。……なのにどこの病院を調べても、治療の記録が出てこない。更に言うと、傷痕もないんです。おかしいと思いませんか?』
『……まさか、神崎は弾丸を体内に残したまま、傷を自然治癒したと?』
『そうだとしたら、神崎芽衣は少なくとも人間ではありませんねぇ……』
同日 取調室 盗聴記録より抜粋
『二年前……、その時にも私は神崎のことを殺そうとしました』
『なるほど、それが二年前のアクシデントの真実。そして神崎芽衣の体内に残された弾丸の正体か』
『お前は黙ってろ』
『落ち着いてください。……それよりも、二年前に貴方は本当に神崎さんのことを撃ったんですか? 狙いが逸れて当たらなかったとかではなく』
『はい、間違いなく当てました。……でも、死ななかったんです。それどころか平気そうな顔でその後も公演を続けて……』
『そして何事もなかったように公演は終了。当時の衣装スタッフだけが異常に気付いたわけだ』
『はい……。幸い、それから神崎が私に辞めたいと言うことはなくなったのですが……。最近になってまた言い始めて、しかも、今回は周りのスタッフたちにも言いふらしていて……』
『だから、お前は今度こそ確実に殺すためにあるものが必要だった』
『それが銀の弾丸……』
『あいつの言ってたことは、全て真実だったんです。神崎芽衣は不老不死の吸血鬼だった……』
『ふざけるなッ!』
『ふざけてなんかいません! なら、あの弾はどうやって説明するんですか?』
『それは……』
『……岸部くん、この件はこれ以上深入りしないべきです。五体満足で定年退職したいならね』
『私もこれ以上は興味ない。被害者がバケモノだろうと、私には関係ないからな』
『樹里ちゃんはただ大切なお姉さんに危険が及ばないか心配なだけでしょう?』
『……黙れ狸』
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「真実は死んだ神崎芽衣自身しか知らない。浜口稔が妄想を語っているだけという可能性もあるしな」
「……どうか、この件は内密にお願いしますよ」
「わかってる。一二三にも言わない」
「そんなの信じられるわけないだろ」
「まあまあ、樹里ちゃんはこういうことはきちんと守ってくれますよ」
樹里はタクシーに乗り、浦崎と岸部は警察署内に戻った。
ワタシは回収した盗聴器をポケットに隠した。