18話 不死殺し⑤ 二年前の事故
三人から一通り話を聞き終えると、丁度いいタイミングで美鈴がトボトボとこちらに歩いてきた。幸い、彼女は芽衣の遺体を見ていないのだが、その顔は蒼白となっていた。
……無理もない。私たちと違って彼女は事件に巻き込まれるのが初めてだ。
……私たちが巻き込んでしまった。
「……本当にごめん」
「なんで一二三が謝るのさ。……悪いのは犯人でしょ。後はそれを止められなかった私たち全員の責任だよ」
そう言って笑みを浮かべた。……明らかに無理をしている。
そんな美鈴の肩を樹里が叩いた。
「気にするな、これは私のミスだ。それより、昨日頼んだことは調べてきたか?」
昨日の解散時に、美鈴は樹里に何か頼みごとをされていた。まさかとは思うが、樹里はこの時のために頼みごとを……? そんな疑念を抱いてしまう。
「まあ、調べたけど……。っていうか、なんでわざわざ警察に?」
「警察?」
「あぁ、二年前の事故は浦崎の管轄外だったからな。美鈴には当時の事故を担当した刑事にコンタクトを取って、調べてもらったんだ。私も念のため浦崎に確認したが……、やはり情報は何もなかった」
「二年前の事故のこと、知ってたの?」
「依頼を受けた時に調べたら小さな記事だが出てきてな。ただの公演中のアクシデントのはずなのに、何故か警察が介入しているんだ。何かおかしいと思ってな」
……なんでこの人はいつも重要なことを教えてくれないんだろう。
「それで、昨日聞いてきたんだけど……というか、赤崎家ってほんどに融通が利くんだね。名前出しただけで資料見せてもらえたし」
「まあ、それは私ではなく祖母のおかげだがな」
私たちの祖母である赤崎サチヱ。彼女は未来を見ることができた。先日の殺人予言のような偽物ではなく、本物の占い師だ。
その実力は占いによって築き上げた財で島まで買ってしまい、更には政界や警察トップとも繋がりを持っているほどだ。そしてその繋がりは、サチヱが亡くなった今も残っている。
「二年前、事故を通報したのは当時の衣装係のスタッフで、神崎芽衣が本当に撃たれたって錯乱状態で電話してきたみたいで」
「でも、事故ってただ小道具を用意し忘れただけなんでしょ?」
浜口と野々村が同じような証言をしていた。それが正しければ、通報するような要素は微塵も感じられない。
「実は、その時使うはずだった血糊が使われていなかったんだ」
「それってどういうこと?」
「空砲に合わせて血糊の入った袋を破裂させることで撃たれたのを装うトリックのはずなのに、公演が終わった後確認したら血糊が袋に入ったままの状態だったらしいの。でも、衣装は真っ赤に染まっていたんだって」
「……え?」
それはどう考えてもおかしい。
本当のことだとしたら、衣装を汚した赤い液体の正体は……。
「まさか、神崎芽衣はその時も実弾で撃たれて血を流した……?」
答えはそれしか考えられない。だが、そんなことが可能なのだろうか。
銃で撃たれたフリをする復活マジックは客の心を掴むための芽衣の定番ネタだ。つまり公演の最初にやる可能性が高い。となると、彼女は撃たれた状態でその後の公演を長時間続けたということになる。
……そんなの、人間だとは思えない。
不老不死の吸血鬼、芽衣が言っていた言葉が脳裏によぎった。
「結局、その後神崎さんがどこかの病院で治療を受けたなんて話もないし、本人も聴取を拒否したから有耶無耶に終わったんだってさ」
「それなら……、本当に撃たれたってことはなさそうだよね?」
私が想像もつかないような方法で、芽衣はマジックを行ったのだ。強引だが、今はそう結論付けるしかない。
「いや……、そうか! 恐らくその時も、犯人は今回と同じことをしたんだ」
樹里が唐突に呟いた。
「どういうこと?」
「犯人は同じトリックを使って二年前と今回の事件を起こしたんだ。ただ、どちらの事件でも予期せぬアクシデントが起きてしまった。二年前はなんらかの原因で弾が命中しなかった、もしくは公演を続けられる程度の軽傷だった。……いささか無理のある推理だが、今はそう考えるしかない。そして今回は本番前に神崎芽衣が死んでしまったことだ」
「二年前と同一犯なら、風間さんは容疑者から外れるね」
二年前の事故の時点では風間はここで働いていなかった。つまり犯行は不可能ということになる。
「おい、野々村」
「は、はい!」
また唐突に樹里が野々村に声をかけた。
謎を解いている時の彼女は本当に生き生きとしているが……、巻き込まれるこちらの立場になってほしい。
「銃に弾を込めるのは毎回本番直前なのか?」
「えぇ、そうですね……」
「なら、空のスペアはあるか?」
「はい、あまり使うことはありませんが」
樹里の意図がなんとなくわかった気がした。
それを使えば、野々村が用意したはずの猟銃から実弾が放たれたトリックが説明できる。
「そうか、ならスペアを保管している場所に案内しろ」
「は、はぁ……、わかりました」
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「これか……」
倉庫に無造作に放置されていたスペアの猟銃。それを樹里がジロジロと見つめていた。そして中身を確認する。本来なら中は空になっているはずだが……。
「やはり、弾が込められている」
「な、なんで……」
「しかも、込められているのは空砲だ」
「ということは、犯人はやっぱり猟銃をすり替えたんだね」
そして私は、それを行った人物に心当たりがある。
──鞄を背負っていた。きっと別の場所にも運ぶものがあるのだろう。
きっとあの時……。
「一二三、美鈴。全員を集めてくれ」
「……わかった」
若干の後悔を噛みしめながら、私は樹里の言葉に従った。
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「おやぁ、樹里ちゃんに一二三さんじゃないですかぁ」
スタッフが全員集まった現場に、場違いな気の抜けた声が響いた。コロンボ風のヨレヨレなコートを着た中年男性、浦崎隼人刑事だ。彼は樹里の協力者……なのだが、その隣には露骨に私たちへの不信感を露わにした若い男がいた。
浦崎の部下である、岸部政宗だ。
「やっと来たか。……まあいい、丁度犯人が解ったところだからな」
「なっ⁉ またいい加減なことを……」
岸部が突っかかろうとするのを浦崎が制止した。
「それはそれは……。で、犯人は誰なんです?」
「……一二三も解っているよな?」
「うん……」
私は恐る恐る、指差した。
彼が神崎芽衣を殺した真犯人……。
「貴方が犯人です。浜口稔さん……!」