4話 遊戯世界:密室考察①
……退屈だ。
退屈は不老不死の吸血鬼さえも殺してしまう。だからこそ、私は退屈からの脱出、謎を求める。それが私の生きる目的だ。
……まずは起きよう。
私を暗闇に閉じ込める蓋を開ける。
私が閉じ込めらていたのは棺桶の中。別に誰かに連れ去られたわけではない。自分の意志でこの中に入ったのだ。
なぜなら、それがこの世界のルールだからだ。
「おはよう、ジュリ。今宵も月が綺麗だな」
黄金の髪を長く伸ばし、漆黒のドレスを身に纏う女性が私に微笑む。
「……どこまでが想定通りだったんだ? クソババア」
「口が悪い子は嫌いだ。なぁに、我はただ賽を振ったまで。お前が求めていた謎だぞ? 不老不死の吸血鬼、ジュリ・アーランド」
口角を上げながら彼女が言う。
彼女は名前で呼ばれるのを極端に嫌う。だから、私は彼女をこう呼んでいる……。
「その名前で呼ぶな……、『幸運の魔女』」
幸運の魔女。彼女は私と同じ顔をしているのに、私が絶対にしない表情をする。
あまり感情が顔に出ない私の代わりとでもいうのか、魔女は感情豊かに表情を変え続ける。それが気持ち悪くて仕方がない。
「真名で呼ばれるのを嫌うのはお互い様だったな。失礼した、『真実の吸血鬼』よ」
「そういう設定だったな……」
「設定? あぁ、貴様は盤上世界の自身を同一視する傾向があったなぁ」
……違う。あの世界はゲームなんかじゃない。ここが偽物なのだ。
たしかに私は好奇心で事件を調査している。それは否定しない。だがゲーム感覚でやっているほど、倫理観が喪失しているわけではない。周りからは不謹慎な異常者に見えたとしても、私自身は真面目にやっているのだ。
『遊戯世界』、私はこの空間をそう呼んでいる。簡単に言ってしまえば、赤崎樹里の作りだした精神世界だ。
★
幼い頃から一人でいるのが好きだったわけではない。結果的に一人になっていただけだ。誰もが私のことを避け、異物として扱う。
原因はわかっている。私の異様な容姿だ。
先天性白皮症。所謂アルビノだ。老人のような白髪も、血のように赤い瞳も、欲しくて手に入れたものではない。
人間は残酷だ。どんなに小さな子供だとしても、その脳には自身と違うものを迫害するプログラムが刻まれているのだから。
……偏見に満ちた考え方だというのは理解している。だが、そう思ってしまうほど私の幼少期は悲惨だった。
当時のトラウマが、今でも私の心を蝕んでいる。
例えば、……今でも墨汁のような黒い液体を見ると、自然と身体が恐怖で震えてしまう。
そして私はいつしか誰かに期待することを辞め、人との繋がりを拒み、この遊戯世界を生み出した。
一人きりでここにいるのは心地よかった。だが、寂しさは消えない。それでも、私には誰かと親しくなるという行動をとることができなかった。拒絶されるのが嫌だったのだ。
両親にも壁を作り、誰とも交わらないようにし続けた十七年。一人として私の生み出した壁を壊そうとはしなかった。
壁を乗り越えようとした人間はいた。しかし、最後には私から離れてしまった。それが私の孤独感を一層強めた。
……ただのワガママだ。それでも、初めて壁をものともせずに乗り越えてきた人間が現れた。
一二三……、彼女は特別だ。
彼女は大学生だ。周りには髪を染めている学生も多いだろう。だからこんな髪、珍しくないのかもしれない。それでも、私の容姿を一切気にせずに話しかけてくれたことが、純粋に嬉しかった。
私の容姿をただそういうものとして受け取ってくれた。その事実が私にとっての全てだ。
加奈子に聞かされた時から、彼女に興味を持っていた。基本的には善人だが少し内向的な気質の少女。それを聞いて彼女は私の闇を理解してくれる、言ってしまえば傷の舐め合いができるかもしれないと思っていた。しかし、彼女は良い意味で私の想像を裏切った。
彼女の顔を見ると、なんだか胸の奥が熱くなる。この気持ちは、もしかしたら……。
しかし、そうだとしてもそれは叶わない願いだ。性別の問題ではない。恐らく、それ以上の問題が私たちの間にはあった……。
★
「さて、貴様はこの謎をどう見る?」
『幸運の魔女』を名乗る女性。彼女は若い頃のサチヱにそっくりだ。
幼い頃に見た若い頃のサチヱの写真。人を見下しているかのような傲慢な風貌。その時に感じた恐怖から生まれた存在が彼女だ。
「マスターキーを使ってあの扉を施錠したとしたら、犯人は使用人のどちらかだろうな。だが……」
「だが、実際はマスターキーを使えなかった。これは使用人にも犯行が不可能だったことを意味する」
「あの金庫自体に仕掛けがあった可能性も否めない。だが何故そんなことを……」
そもそも何故密室を作った……?
「やはり違和感がある。マスターキーを使用人しか使えないことは知っていたはずだ。つまり、マスターキーを使って密室を作ったと思わせる意味がない」
「自らの首を絞めるのと同義だからな」
内心、私は犯人に感謝していた。もしこれがただマスターキーを使っただけのトリックなら、こんなに心が熱くなることはなかっただろう。
最低なのはわかっている。だが、これが私の醜い内面だ。
「なぁ、お前は犯人が誰だかわかっているのか?」
「否定する。我と貴様は知識を共有している、故に貴様が知らないことを、我は知らない」
結局彼女は私の心中の存在だ。だからこそ、この討論に意味はあまりないのかもしれない。ただ自身の考えを整理しているだけだ。
しかし、その整理が重要なのだ。感情に流されず、不老不死の吸血鬼ジュリ・アーランドの仮面をして情報をひとつひとつ確認する。するとバラバラだったパズルのピースがはまるように、新しい情報が見つかることもあるのだ。
「密室なんて存在しない。あの部屋にはなんらかの仕掛けがあったはずだ」
「肯定する。しかし、マスターキーで施錠した可能性、すなわち金庫に仕掛けがあった可能性は低いだろうな」
「なら中から施錠した可能性は?」
「否定する。ゲストハウス廊下で全員と会っただろう? つまりあの部屋には加奈子以外いなかったはずだ」
そう、あの密室が本物だった場合、誰も部屋に出入りすることはできない。よって、島にいた人間に加奈子を殺すことはできない。
「……なら第三者が紛れ込んでいた可能性は?」