16話 不死殺し③ 凶弾
結局脅迫状を送った犯人がわからないまま、本番当日をむかえてしまった。
「荷物検査を行うので、危険物の持ち込みは不可能なはずですが……」
浜口が汗を拭きながら、窓から外の様子を眺める。外には開場前だというのに人が溢れている。流石は人気マジシャン神崎芽衣といったところだろう。
「それで、他の方は……?」
「えぇと、美鈴は外で不審な人物がいないか見張っていて、樹里ちゃんは神崎さんのところにいます」
昨日の解散時に、樹里は美鈴に何かを頼んでいた。具体的に何を言ったのかは聞こえなかったのだが、美鈴の反応を見てロクなことではないと確信していた。
「じゃあ、私も頼まれたことがあるので……」
軽く会釈をして控室を出る。
私が樹里に頼まれたのは、小道具係である野々村祥吾の監視。マジックで使う道具に何か仕掛けをするかもしれないという樹里の判断だ。
薄暗い廊下を歩くと、片隅で野々村と衣装係である風間香子が猟銃に何かを詰めていた。
「な、何してるんですか?」
まさかこれで芽衣のことを……。そう考えた私は慌てて二人に声をかけた。
「あぁ、これですか? 公演で毎回最初にやるマジックで使う道具の点検ですよ。四条さんも見たことありませんか? 銃で撃たれてもすぐに起き上がるやつ」
依頼を受けた時に、樹里に動画を見せられたことを思い出す。
猟銃に撃たれ、倒れた芽衣が何事もなかったかのように起き上がる復活マジック。ということは、野々村が込めた弾は空砲なのだろうか。
「私も、もしかしたら野々村くんが何か悪さしようとしてるんじゃないかって、さっき声をかけたところなの」
「へ、変な冗談はやめてくださいよ!」
声を荒げる野々村に、風間が「ごめんごめん」と笑う。脅迫状が来ているというのに、危機感のない女性だ。
「とりあえず、用意できたんで神崎さんに渡してください」
「はぁい」
風間は猟銃を受け取ると、舞台の方へ走っていった。
「……一応僕の方が先輩なんだけどなぁ」
纏っているオーラのせいだろうか。……失礼だが、野々村が風間の先輩だとはとても思えなかった。
「二年前の事故のせいで、今では誰からも下っ端扱いですよ」
「事故?」
「あ、いえ……。こちらの話です……」
「はいはい、通りますよっと……」
大荷物を抱えた浜口が私たちの横を通る。
やはり本番直前となると全員忙しそうだ。私も何か手伝いをしたいのだが、私にも監視というやらなくてはならない仕事があるし、何より素人の私が軽率に手伝おうとしたところでかえって邪魔になってしまうだろう。
「そういえば僕も舞台の方にこれを運ばないといけないんですが……、手伝ってくれませんか?」
「あ、はい……」
強引に小道具を渡される。もしかしたら私の何かしなくてはという気持ちに気づいたのだろうか。
「いやぁ、こういう時はいつも人手が足りなくて」
……ただ単に便利屋扱いしているだけかもしれない。
●
「私は入口担当のスタッフに連絡してきますね」
舞台裏に入ると、私たちと入れ替わりで浜口が出ていく。彼の運んでいた大荷物は舞台裏に置かれていた。風間の運んだ猟銃もその傍に置かれている。
浜口は鞄を背負っていた。きっと別の場所にも運ぶものがあるのだろう。マネージャーだというのに、やってることはほぼ雑用係だ。
「樹里ちゃんの方も特に問題なし?」
「あぁ、神崎芽衣にも異変はない」
芽衣は風間と共に小道具のチェックをしている。すると、芽衣が目を細めて猟銃を手に取った。
「……ちゃんと弾は入れた?」
「えぇ、野々村くんが何発か弾を込めてたけど」
野々村も頷くが、芽衣は「本当に?」と不信感を露わにした。どうやら彼は相当信頼されていないようだ。それも二年前の事故のせいだろうか。
「……試しに撃ってみて」
「え、いいけど……」
困惑しながら風間が銃を芽衣に向ける。
空砲が鳴った瞬間に彼女の衣装に仕込んである血糊が破れ、彼女が撃たれて倒れたフリをするというのがこのマジックのタネだ。勿論本番前に衣装を汚すわけにはいかない。なので音がなるだけだ。
「じゃあいくよぉ」
そして風間がゆっくりと引き金をひいた。
……音がした。空砲ではない、何かが飛び出た音。
そして芽衣の衣装に赤いシミができた。それはドンドン広がっていって……。
「あ…れ……?」
芽衣が倒れた。そして苦しそうに真っ赤に染まった胸を押さえている。
でも…これはマジックで……。
「一二三ッ!」
樹里の叫び声で現実に引き戻される。
これはマジックではない。芽衣は本当に撃たれたのだ。
「早く救急車を!」
「わ、わかった!」
スマートフォンを取り出し、急いで番号を入力した。
焦っているのに、通報はスムーズにすることができた。こんなことばかり得意になって、嫌気がさしてしまう。
「な、なんで……」
風間が顔を真っ青にしながら、自身が持つ猟銃を眺めている。
空砲が詰められていたはずの猟銃から出たのは……実弾だ。そして弾は芽衣の胸に直撃した。私たちは彼女を守ることができなかったのだ。
芽衣が酷く苦しそうに呼吸をしている。幸か不幸か、胸を撃たれた彼女は即死しなかった。
だが、恐らく救急車が着き病院に運ばれるまで彼女の命がもつ可能性は絶望的に低いだろう。彼女の衣装が真っ赤に染まり、徐々に命が薄れていくのが見るだけで感じて取れた。
「ぼ、僕はただいつも通り……、空砲を……」
……一番の問題はそこだ。誰が猟銃に実弾を仕込んだのか。当然、普通に考えたら一番怪しいのは野々村だ。
しかし、彼は廊下で堂々と作業をしていた。更に言えば私と風間も一緒にいた。そんな状況で実弾を仕込むことができたとは思えない。
ならどうやって……。
●
救急車が到着する頃には、もう全てが手遅れだった。
神崎芽衣が何者かが仕掛けた銃弾によって撃たれて死んだ。不老不死の吸血鬼を自称していた彼女は、今はただガラス玉のような眼球で虚空を見つめている。私はいたたまれない気持ちになり、彼女の遺体に近づきそっと彼女の目蓋を閉ざした。
「やはり内部犯か……」
救急車に乗せられる芽衣の遺体を眺めながら、樹里が呟いた。
時刻はまだ開場前、外部犯によるものだとは思えない。
「勿論他のスタッフにも話を聞くべきだが……、やはりまずはあの三人だな」
昨日美鈴と樹里から聞いた動機を持つ三人、浜口、野々村、風間。この三人の中に、神崎芽衣を殺した犯人がいるのだろうか……。