15話 不死殺し② 内部犯
依頼を受けた翌日、私たちは会場でリハーサルの見学をしていた。
勿論芽衣の護衛をするという仕事があるのだが、そのために何をしたらいいかわからない私はただ無人の観客席に向けてマジックを披露し続ける芽衣のことを舞台袖から眺めていた。
「お疲れ様です、これ使ってください。それにしても、ここから見ていたのに全然マジックの仕掛けが解りませんでした」
「ありがとう、……解らないのも仕方ないよ。だって本当にタネも仕掛けもないんだから。フフッ、なんてね」
私の手渡したタオルで汗を拭きながら、芽衣が妖艶な笑みを浮かべる。きっとこれ以上マジックのことを聞いたところで、今のようにはぐらかすだけで仕掛けは教えてくれないだろう。
「そういえば、脅迫状を送った人物に心当たりはないんですか?」
念のため聞くが、「残念ながら」と首を横に振った。
正直に言えば、芽衣の回答は想定の範囲内だ。誰から送られてきたかわからないからこそ、最後の手段として探偵である樹里のことを頼ったのだろう。
「こんな仕事をしていると、思いもよらないところで恨みを買っていたりするからねぇ」
芽衣は公演だけでなく、動画サイトでも活動をしている。本当に彼女の知らないところで、顔も知らない誰かから恨まれていてもおかしくない。
「私たちが神崎さんのことを絶対に守りますから、安心してください」
「……私は別に護衛なんていらないって言ったのに」
「どうしてですか?」
そして彼女は当然のように言った。
「だって、私は不死身の吸血鬼だから」
先程のマジックのタネをはぐらかしているような様子は一切感じられない。恐ろしいことに、芽衣は本気で自身が吸血鬼であると言っているのだ。
私は化学では説明できない存在を知っている。
遊戯世界、そして祖母が持っていた予知能力だ。だからこそ、吸血鬼の存在を否定することはできない。だが、芽衣が本物の吸血鬼である可能性よりも、彼女がただの変人である可能性の方が極めて高い。
「そ、そうなんですか……」
「私が吸血鬼になったのは大体二百年くらい前で……」
芽衣は軽く引いている私のことを無視して、自身がどういった存在なのか熱弁し始めた。周りにいたスタッフたちは、また始まったといった雰囲気で私のことを憐れむような表情で眺めている。
……その間、私は樹里と美鈴が早く戻ってくることを切に願っていた。
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「待たせたな、そっちに異常はなかったか?」
「……おかえり、特に何も…うん、何もなかったよ……」
私はゲッソリした表情で、やっと帰ってきた樹里の身体を抱きしめた。すると一緒にいた美鈴が一度咳払いをして、私たちのことを無理矢理引き離した。
「それで、スタッフの人たちに話を聞いたんだけど……。今回の脅迫事件、内部犯の可能性もあるみたい」
「それって、スタッフの誰かがわざわざ脅迫状を送ったってこと⁉」
美鈴が頷く。
「まだ決まったわけじゃないんだけど、最近神崎さんとトラブルを起こしたスタッフが何人かいるらしくて」
「一人目が私たちに依頼した張本人の浜口稔だ」
美鈴の言葉を遮って、樹里が言った。当然邪魔された美鈴は樹里のことを睨んだ。
そんな状況を無視して、平然と樹里が話をつづける。
「そもそも、警察に相手にされなかったというのが嘘だったんだ」
「ちょ、ちょっと待って! それが嘘ってことは…そもそも通報してなかったってこと⁉」
どうして……。どんなに考えても理解ができない。
神崎芽衣は彼にとって大切な存在。嫌な言い方にはなってしまうのだが、大事な商品で間違いないはずだ。
そんな彼女が危険な状態だというのに、何故浜口は通報しなかった……?
「浜口稔は脅迫状が届いた時、他のスタッフたちにそのことを内密にするよう命令している。……何か警察に知られたくない秘密があるのかもしれないな」
「で、でも、怪しいのは浜口さんだけじゃなくて」
美鈴が樹里の身体を押しのけて言った。樹里は表情を歪め、舌打ちをする。友達のようにとまでは言わないのだが、もう少し仲良くすることは……無理かもしれない。私は心の中でため息を吐いた。
「野々村祥吾、小道具係のスタッフなんだけどかなりミスが多くて神崎さんに何度も怒られてたんだって。それで、そのことを他のスタッフにお酒の席で愚痴ってたみたいで……、『いつか殺してやる』って何度も言ってたらしいよ」
恐らくその発言をした時、野々村というスタッフは酒を飲んでかなり酔っていた可能性が高い。しかし、普段から芽衣に対して鬱憤が溜まっていたのは事実だろう。
それが限界に達して、脅迫状を送った……。そう考えることもできなくはない。
「三人目は風間香子だ。衣装係で、比較的新人なのだが……。最近神崎芽衣と言い争っているところを何度も目撃されているらしい。他二人に比べれば大したことはないが、これも十分動機になるだろう」
些細なことがきっかけで大きな事件を起こしてしまうことだってある。
……ダメだ。一度怪しいと思ってしまうと、三人とも犯人のように思えてしまう。まだ内部犯であるというのも、ただの可能性の一つでしかない。
「どうする? 今日のリハーサルはこれで終わりみたいだけど」
「とりあえず、私は神崎さんを家まで送るよ。本当に脅迫状通り、本番中に襲うかわからないからね」
「あぁ、なら私は浦崎に何か情報がないか確認してくる」
「……私は何をしたら?」
美鈴が気まずそうに呟く。
「そうか……、なら頼みがあるのだが」
悪そうな笑みで樹里が美鈴の顔を見つめる。また嫌な予感がした。