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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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14話 不死殺し① 新たな依頼者

 不老不死、その伝承は各地に存在している。


 例えば中国では始皇帝が不老不死を求めた。しかし彼の願いが叶うことはなく、最後は水銀を飲み猛毒で死亡した。

 例えば西洋では錬金術が有名だ。錬金術師たちは不老不死を求めて『賢者の石』、または『エリクサー』を生み出そうとしたが叶わず、錬金術は現代の化学へ変化していった。


 日本で一番有名なのは『竹取物語』だろう。

 月へ帰ったかぐや姫から送られてきた不死の薬を日本で一番高い山、つまり富士山で焼いたとされている。


 そして日本でもう一つ有名なのは、八尾比丘尼(やおびくに)だ。

 人魚の肉を食べた女性が不老長寿を得るのだが、何度も夫や知り合いと死に別れ、そして出家して比丘尼となった。最終的に彼女は八百歳まで生きたとされている。


 ……そして吸血鬼もまた、不老不死の存在と言えるだろう。


 彼女は言った。胸を真っ赤に濡らした状態で立ち上がり、なんともない様子で。


『私こそが不老不死の吸血鬼ッ! 誰にも私を殺すことなんてできない!』


 そんな彼女が……、死んだ。彼女のガラス玉のような瞳が虚空を見つめている。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。事の始まりは数日前までさかのぼる。



 先日の北条(ほうじょう)家の事件の影響か、間を置かずにすぐ二件目の依頼が来た。依頼主は浜口(はまぐち)(みのる)、そして依頼の内容はマジシャン神崎(かんざき)芽衣(めい)の護衛だ。


「えぇと、もう一度確認させてください。脅迫状が届いたのが、先週の土曜日。そして次の公演が明後日……。警察には連絡したんですか?」

「えぇ……、したのですが相手にされなくて……」


 浜口が汗を拭きながら頷く。

 私は困惑しながら隣に座る樹里(じゅり)のことを見た。彼女は話を聞かずにスマートフォンの画面を見つめている。


 神崎芽衣は今話題のマジシャンだ。

 奇抜で派手なマジックでファンも多いのだが、良い意味でも悪い意味でも彼女の言動は注目の的になっている。

 芽衣は自称不老不死、そして吸血鬼だと主張している。

 当然嘘……、というより話題作りのための設定と考えるべきだろう。


 そんな彼女に脅迫状が届いた。

 次の公演を中止しなければ芽衣を襲う、脅迫状にはそう書かれている。


「これか」


 唐突に樹里が呟いた。そしてスマートフォンの画面を見せる。


「神崎さんの動画……?」


 画面には芽衣がパフォーマンスをする動画が流れていた。

 動画の中で芽衣はアシスタントに銃を向けられている。

 次の瞬間、アシスタントは躊躇なく発砲した。芽衣の胸が赤く染まる。彼女はそのまま倒れた。


「し、死んだ……?」


 だがその直後、芽衣は立ち上がった。そして右手で口を押え、何かを吐き出した。

 カメラに掌を見せる。そこには赤く染まった銃弾が乗せられていた。


『私こそが不老不死の吸血鬼ッ! 誰にも私を殺すことなんてできない!』


 そう高らかに宣言した。

 ……吸血鬼。その単語で私は遊戯世界に潜む樹里と同じ顔をした女性が脳裏によぎった。


 当然、芽衣が吸血鬼だと信じることはできなかったのだが、だとしたらどうやって……。


「な、なんで⁉」

「……一二三(ひふみ)、お前はもう少し疑った方がいいぞ」


 樹里が呆れた表情で呟く。


「こんなの、簡単なトリックだ。まず銃に実弾は入っていない。アシスタントが撃ったのは空砲、そして神崎芽衣が胸から流した……ように見せかけたのは、ただの血糊だ。後は吐き出したフリをして服の袖に隠し持っていた銃弾を取り出した。……それだけのことだ」


 私は納得したが、同時に少しだけ不安になる。恐る恐る浜口の顔を見た。こんなに堂々と種明かしをして大丈夫なのだろうか。


「いや、まぁ……、赤崎(あかさき)さんのおっしゃる通りです」

「そりゃそうだ。本当に不死身なら、護衛を頼む必要なんてないからな。あくまでトリックだからこそ、私たちの助力が必要なんだ」


 浜口が気まずそうな表情で笑う。……私も同じ気持ちだ。


「……なら、あいつも使うか」

「あいつ?」


 私が聞くと樹里が意地悪そうな笑みを浮かべた。強烈に嫌な予感がする。そしてその予感はすぐに的中することになる。



「……帰れ」


 扉を開けた瞬間、細長いタバコを咥えた女性がそう言って私たちのことを睨む。真っ白になるまで脱色した髪が風で揺れた。

 彼女は楠瀬(くすのせ)美鈴(みれい)、……私の元カノだ。


 数ヵ月前に一応関係は修復…したのだが、それでもやはり疎遠な関係が続いていた。しかし、樹里の提案で美鈴に協力を頼みに、彼女の家を訪ねていた。


「人手が足りない、金ならやるから協力しろ」

「樹里ちゃん、もっと頼み方ってものが……!」


 早速険悪な雰囲気が漂う。

 ここは私が間を取り持たないとならない。必死に明るい表情を作り、二人の手を握る。


「美鈴の助けが必要なの!」

「いや、私は暇な奴なら誰でも……」

「樹里ちゃん」

「……なんだ?」

「美鈴に手伝ってほしいんだよね?」

「いやだから…」

「樹里ちゃん」


 笑顔で樹里のことを睨む。

 流石に彼女も私が何を考えているか察したようだ。


「……わかった。楠瀬美鈴、お前の助けが必要だ」

「渋々言われても困るんだけど……」


 美鈴が大きくため息を吐いた。彼女の口から紫煙が吐き出される。そしてその煙を吸った樹里が大きく咳き込んだ。

 私はそんな彼女の背中をさすった。


 ……時々忘れてしまうが樹里はまだ未成年だ。なら配慮をした方がいいのではないかと考えたが、美鈴はそんなこと微塵も考えていないだろう。


「まあ、一二三の頼みなら……」

「最初に頼んだのは私だぞ」

「うるさい! とにかく、報酬は三人できっちり山分けだからね」

「ありがとう美鈴ッ!」


 美鈴の身体に抱き着く。彼女の顔が真っ赤に染まり、タバコが床に落ちた。

 樹里の叫び声が後ろから聞こえたが、私はそれが聞こえていないフリをした。

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