13話 追憶編その終:貴女のための殺人①
……取調室に入るのは二度目だ。そして今回も私の相手をする刑事は浦崎、だが彼の表情は前回と違って険しかった。
「山根莉緒の証言を得ました。日守琴子は自らナイフで腹部を刺した。樹里さんは犯人じゃありません」
「だが……」
落ち着いてあの時の行動を思い返す。
パニック状態だったとはいえ、私はとんでもないことをしてしまった。琴子の腹部に刺さったナイフはそのままにして、病院で適切な処置をすればまだ助かる可能性も高かっただろう。だが、あの時の私は一刻も早くなんとかしなければと考え、ナイフを抜いてしまった。
「今は祈るしかありませんよ」
正確に言えば琴子はまだ死んでいない。
浦崎たちと同時に現れた救急隊員によって、琴子はすぐに病院へと運ばれた。
あれから半日ほど経っているが、未だ予断を許さない状態が続いている。
「そういえば、他二つの事件も貴女の考えた通りでしたよ」
「……三原と錦のことか」
「えぇ、錦恵那の部屋から遺書が見つかりました。遺書には自分が三原由美を殺したこと、そしてその罪の重さに耐えきれず自ら命を絶つという内容が書かれていました」
予想通り、第一第二の事件の犯人は錦だった。だがそれがどうしたというのだ。
琴子の願いは錦を捕らえ、罪を認めさせることだった。……今でもそう信じている。
だが錦は自ら命を絶った。
錦を捕まえられなかったどころか、名前も知らなかった私に失望した琴子はきっと元凶である山根に復讐しようとしたのだ。
「しかし、そうなると一つ不可解な点があるんですよねぇ……」
「不可解な点?」
「凶器のナイフは全部で四本あったでしょう? 三原由美を刺したもの、錦恵那を刺したもの、山根莉緒を刺そうとしたもの、そして日守琴子を刺したもの、この四本です。……最後の二本はともかく、三原と錦を刺したナイフも日守琴子が用意していたらしいんですよねぇ」
「え……?」
まさか、琴子は錦恵那が三原由美を殺すことを最初から知っていた……? それどころか凶器を用意したのは琴子本人……。
たまたま犯行の瞬間や三原の遺体を目撃したわけではなく、初めから琴子の手のひらの上だとしたら……。
「そんな馬鹿なことが……」
そうだとしたら、琴子の最後の言葉にも納得できる。だが、これが彼女の真の目的だとはどうしても考えられない。
それでも、あの時琴子が最後の力を振り絞って私の耳元で囁いた言葉を思い出してしまう。
『……タノシカッタ?』
☆
「錦恵那さんの死は自殺だったんだね」
一二三の推理は正しい。しかし、それだけでは説明できないことがある。
「でも、なんで琴子さんは自殺を他殺に見せかける必要があったんだろう……」
そう、琴子の目的がただ私に謎を解かせ錦恵那を捕まえさせることなら、あの現場を偽りの密室にする必要がない。彼女の目論見が失敗に終わってしまい、これ以上彼女が何か行動をする意味もないのだ。
だからこそ、あの事件たちは……。
「……私のための殺人だったんだ」
「どういうこと……?」
「理解できないのも無理はない。私だって信じたくないことだからな」
私に謎を解かせて、犯人を捕まえることが目的ではない。謎を解かせること自体が琴子の目的だったのだ。
「勿論それだけがホワイダニットの答えじゃない。あれは琴子からのSOSだったんだ」
……事件が起きるずっと前から、琴子は私にSOSを出し続けていた。
琴子と錦は、山根のグループと最悪の関係だった。琴子がしてきた数々の相談、そのほとんどに山根が関わっていただろう。
例えば財布が消えたトラブル。あれは山根本人、もしくは彼女の取り巻きが琴子の水筒をわざと床に落とし、その隙に錦の財布を隠したのだ。
「でも、樹里ちゃんは……」
「あぁ、私はSOSを無視してずっと謎を解くことだけに夢中だった。そんな私を見て、琴子はずっと失望していたんだろうな」
そのせいで、誰にも頼れなくなった琴子は……壊れた。頭の中のネジが外れてしまったのだ。
「恐らく錦恵那の自殺も、それどころか自分を刺すことすら計画の内だったんだろうな」
琴子にとって計画外だったことは、自身の手を汚すことがなかったせいで山根を刺す時に躊躇ってしまったことくらいだろう。
しかし結局のところ、これも私の想像でしかない。真実は今も眠り続けている琴子しか知らない。
「……そうか」
私は彼女が目覚めるのを恐れているのだ。
医者は彼女がいつ起きてもおかしくはないと言っていた。目覚めた彼女は無能な私に罵倒を浴びせながら、どんな真実を告げるのだろう。……それが怖い。
「もしかしたら、本当にただ助けを求めていただけかもしれないよ?」
「……それはそれで嫌だな。自分の無力さをまざまざと見せつけられているみたいで」
私は琴子を救えなかった。
それどころか彼女の助けを求める声に気づかず、最終的に彼女との日常を壊してしまった。……日守琴子という普通の少女を殺したのは私なのだ。
「無力だったのは昔の樹里ちゃんでしょ?」
「……一二三」
「今の樹里ちゃんは無力なんかじゃないよ。樹里ちゃんがあの時助けてくれたから、今の私がいるんだよ」
俯瞰島で起きた殺人事件。その際、一二三は犯人だと疑われていた。私が真犯人の証拠を見つけていなければ、きっと一二三は殺されていただろう。
「それに茜さんのことだって何度も助けてたわけだし」
茜が事件に巻き込まれる度に、私は彼女を救っていた。そもそも私が彼女を雇ったこと自体、私が謎を解きたいというだけで、彼女を救う行為はただの偽善でしかないわけだが。
それでも、救われた茜は私に感謝していた。その時の顔が忘れられない。
「だから、誇っていいんだよ。今の樹里ちゃんは謎を解くことで、ちゃんと世界と繋がっているって。決して一人じゃないって」
もしかしたら、私は誰かを救うのではなく、誰かに救われたかったのかもしれない。
『ご、ごめんっ! えっと……、君ってここら辺に住んでいる人?』
……これで一二三に救われるのは二度目だ。
「だから二人で一緒に琴子さんが起きるのを待ってよ? もし琴子さんが怒ってたら、私も一緒になじられるからさ」
そう言って、一二三が微笑んだ。