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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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12話 追憶編その伍:コウカイ②

「……次のターゲットは自分自身じゃなかったのか」

「うぅん、本当はそのつもりだったんだけど気が変わったっていうか、ただ死ぬだけじゃつまらないかなって」


 ……嘘だ。

 私は琴子(ことこ)の真意に気付いている。だが、何もかもが遅かったのだ。彼女の手にはナイフが握られている。(にしき)恵那(えな)を殺したものと同じデザインのものだ。

 私が彼女を取り押さえるよりも早く、刃が山根(やまね)の身体に突き刺さるだろう。


 だが、私は信じていた。日守(ひもり)琴子が犯人ではない可能性を。……ただの妄信ではない。

 もしそれが真実なら、これは琴子が起こす最初の殺人だ。ナイフを振り下ろすのに躊躇(ちゅうちょ)する可能性も低くはない。……本来、それほどまでに人を殺すことは重い行為なのだ。


「琴子ッ‼」


 今はその可能性に全てを賭けるしかない。

 私は琴子に向かって勢いよく走りだした。


「来ないでっ!」


 琴子がナイフを強く握りしめ振り下ろそうとするが、その手は震えていた。そしてナイフは山根の肉を引き裂くことなく、宙で動きを止めた。


「……なんで」

「やめろっ!」


 琴子の身体を押し倒す。ナイフは彼女の手から離れ、回転しながら床を滑った。


「お前の負けだ。琴子、……そしてお前も」


 山根の口を塞ぐガムテープを強引にはがす。彼女はその痛みで涙目になりながら、琴子のことを睨んだ。


「琴子! なんのつもりでこんなこと!」

「……そういえば、まだ聞いてなかったね。樹里(じゅり)ちゃん、ホワイダニットの答えは?」


 山根のことを無視して、ゆっくりと立ち上がった琴子が私に微笑みながら問う。そのことが山根の琴線に触れたのか、彼女が叫びながら暴れる。流石にこの状況で彼女の身体を縛る縄を解くわけにはいかない。


「謎なんてどうでもいい。すぐに警察が来る。私はお前にこれ以上……」

「樹里ちゃん」


 琴子の表情は、明らかに私に対しての失望を表していた。


 ……私に謎を解く資格なんてない。

 罪滅ぼしも、世間と繋がる方法も、結局は言い訳でしかない。

 好奇心で他人の不幸をハイエナのように漁る私に、居場所を求める資格なんてない。それを今更痛感した。


「自首しろ。今ならまだ……」

「もう無理だよ」


 悲しそうに微笑み懐からもう一本のナイフを取り出した。


「やめろッ!」

「……バイバイ、樹里ちゃん」


 そして刃は自身の身体目掛けて振り下ろされ……。琴子は腹から血を流しながら倒れた。


「あ、あぁ……」


 どうにかしなくては。パニック状態の頭では正常な判断をできず……、私は琴子に刺さるナイフの柄を握り、そして引き抜いてしまった。

 当然、傷口からは血が大量に溢れてくる。それを抑えようと、私は必死に両手で彼女の腹部を押さえるが、ただ私の腕を真っ赤に染めるだけだ。


「嫌だ、お願いだ……」


 琴子を止めることができなかった。

 ……彼女を殺したのは私だ。


「じゅ…り……ちゃん」


 荒い呼吸をしながら、琴子が上体を必死に起こした。

 そして泣きじゃくる私の耳元で囁いた。


「……った?」

「今、なんて……」


 確かに聞こえたはずなのに、脳が理解を拒む。

 そして琴子は再び倒れ、動かなくなった。


「あ、あぁ……」


 真っ赤なナイフを握りしめる。これを使って、私も琴子の後を……。そう考えたが、自死する勇気なんて持てず、ただ深紅に染まる刃を見つめていた。


「樹里さん!」


 警察が到着したのだろう。

 だが、浦崎(うらざき)の声は私に届かなかった。無音の世界で、ただ現実を噛みしめる。


「犯人は……、私だ。……私が日守琴子をこのナイフで刺した」


 そして私の意識は徐々に深海へ落ちていく。

 私のような人間が、現実世界に居場所を求めるなんて贅沢な願いだったのだ。



「樹里ちゃん……?」


 遊戯世界にもう来ないと思っていたはずの人間がいた。

 アーランドとは全く別の表情、間違いなく樹里本人だ。


「やはり、一二三(ひふみ)もここに来ていたのか」

「うん……、でもなんで樹里ちゃんがここに……」


 樹里はこの世界を妄想と言い切り、拒絶した。だからこそもう二度と来ないと、私と魔女は考えていたのだが……。


「答え合わせのためだ」

「それって、琴子さんの……?」


 樹里がここに来るまでの短い間で、私は一つの可能性にたどり着いていた。


「もしかして、私達は席を外した方がいいのかしら?」


 『双貌(そうぼう)の魔女』が私たちのことを交互に見てニヤニヤと笑う。……なんて趣味の悪い女なのだろう。できるだけそれを顔に出さないようにして、樹里のことを見る。

 無視されたのが気に食わなかったのか、魔女は拗ねた表情で霧のように消えてしまった。アーランドもいない。……これで二人きりだ。


「ねぇ、多分だけど……。私、犯人が解っちゃったかも」

「……それで、誰なんだ?」


 私は一度深く息を吸う。

 初めは犯人が日守琴子だと考えていた。一応はそれも事実だ。だがもう一人、犯人がいたとしたら……。


「最初の事件、三原(みはら)さんを殺したのは……、錦恵那さんだよね」

「何故そう思った?」

「最初になんで琴子さんが樹里ちゃんに電話したかを考えたんだ。それは樹里ちゃんに遺体を見つけさせて、そして謎を解かせるため。そう考えたら一番しっくりきたんだ」


 琴子は恐らく犯人を最初から知っていた。だが証拠がなかった。何よりも、友人を自らの手で捕まえることができなかった。だから樹里を頼ったのだ。

 だが、それなら警察に通報すればよかった。それなのに何故一般人である樹里に……? それが全くわからない。そしてもうそれを知る術もない。


「そして第二の事件。これは琴子さんにとっても予想外の出来事だった。恵那さんは琴子さんの友人、だからこそ彼女が罪を犯してしまったのが許せなかった。それで樹里ちゃんに……」

「……だが、私は期待に応えることができなかった」

「だから、第二の事件が起きた。きっと恵那さんも自身がしてしまったことを悔いていた……。だから……」


 錦を殺したのは、自分自身。つまり……。


「錦恵那さんの死は自殺だったんだね」

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