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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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12話 追憶編その伍:コウカイ①

 ……走る。


 余計なことは何も考えず、ひたすら走る。

 心臓の鼓動が爆音を鳴らし続けた。もうとっくに体力は限界だ。だが足を止めれば、琴子(ことこ)のいる場所にたどり着くことはできないだろう。


『……たとえ罠だとしてもか?』


 頭の中で魔女が呟く。

 いつもは愚かな人間のことを嘲笑っているが、今の彼女の声には私のことを心配する気持ちがこもっていた。


『琴子は貴様を……』

「わかっている! それでも……」


 それでも、私には琴子を見捨てることなんて絶対できない。これはただの意地、そして私に課せられた使命だ。

 ホワイダニット。その言葉を頭の中で反復させる。

 琴子が犯人だとしたら、何故あの二人を殺さなくてはならなかったのか。


 そもそも、私は琴子と被害者たちの関係を知らない。

 立ち止まっている暇はないのだが、それを確かめるために私は近くにあった公衆電話に百円玉を入れた。


「早く出ろ……!」


 しばらく発信音が鳴った後、男の声がした。


『はいもしもし、浦崎(うらざき)です』

「私だ、至急教えてほしいことがあるんだが……」


 そして浦崎の口から被害者の情報が告げられる。

 第二の事件の被害者である(にしき)恵那(えな)は、琴子と仲の良い友人だった。彼女たちはいつも一緒に過ごしていたという。


 なら、何故殺した……?


 そして彼女たちには共通の敵がいた。

 山根(やまね)莉緒(りお)、日中私と行動を共にしていた学生だ。二人と山根の関係は最悪で、山根の所属するグループによる嫌がらせも日常茶飯事だったらしい。

 そして最初の被害者である三原(みはら)は山根のグループに所属していたそうだ。


 第二の事件で死んだのが山根だったら、動機もすぐに思いついただろう。

 だが、錦を殺す動機が何度考えても解らない。


 電話を切る。落ちてくる十円玉を無視して、私は足を無理矢理動かした。


「考えろ、考えろ……!」


 走りながら、同時に思考も動かす。


「ただ考えるだけじゃ駄目だ。……発想を転換させろ」


 琴子には錦を殺す理由がない。そしてホワイダニットが重要な事件。つまり、普通では考えられないような動機だってあり得るということだ。

 決して怨恨などではない、普通ではない動機。だが、そんなことあり得るのだろうか。


『案外、理由なんて存在しないのかもしれないぞ?』

「……そんなことがあってたまるか」


 人が人を殺すのに動機は必要不可欠だ。本来、殺人とはそれほど重いものなのだ。

 勿論例外は存在する。そして私は後にその例外中の例外とクリスマスの日に遭遇するのだが……、今回の事件とはまた別の話だ。

 そして琴子は普通の人間、彼女には確実になんらかの動機が……。


「……まさか」


 そこで一つの可能性にたどり着いた。

 発想の転換。もし錦殺しの歪な現場に理由があるとしたら……。そして第一の事件も、不可解な琴子の行動になんらかの意図があるとしたら。


 それはつまり、私の推理が間違っていたということになる。


 事件を再構成する。まずは第一の事件、三原殺しだ。


「三原はあの現場で殺された」

『肯定する。遺体に移動させられたような痕跡はない。あの娘が殺された場所と、遺体を発見した場所は一致しているだろうな』

「犯人、そして三原は二階の窓からホテルに侵入した」

『肯定する。犯人は三原を脅し、梯子(はしご)等を使って窓から内部へ入った』


 第一の事件の現場には、琴子からの電話で行くことになった。

 彼女が犯人だとしたら、きっと私に遺体の第一発見者にさせることが目的と考えることができる。だが、別の可能性があるとしたら……。


「琴子が犯行を事前に知っていた可能性は」

『……それはどういう意味だ?』

「あいつは三原が死ぬのを知っていた。だから私に助けを呼んだ。目的は私に謎を解かせ、犯人を見つけること。だが私は犯人に繋がる証拠を見つけることができなかった。……そして第二の事件が起きたんだ」


 第二の事件は琴子の通う高校で起きた。

 彼女はきっと予想したはずだ。現場を調べることのできない私が、知り合いから話を聞くために高校へ行くことを。


「話を進めるぞ。密室を作りだした犯人は日守(ひもり)琴子だ」

『肯定する。異論はない』

「そして、凶器のナイフをわざと見える位置に移動させたのも琴子だ」

『肯定する。これも異論はない』

「……だが、被害者の錦恵那にナイフを刺したのは琴子ではない」

『……まだ信じているのか?』

「違う。…最初から違和感があったんだ。杜撰(ずさん)な密室トリック、明らかにあれは計画外の犯行だったはずだ。恐らく、錦を殺した犯人は別にいる」


 勿論あの密室は私に解かせるという意図もあっただろう。だが、密室を生み出す時間が足りなかったというのも事実だ。そして焦りのせいか、監視カメラに映るというミスを犯してしまった。

 何故、密室を私に解かせる必要があったのか。それは密室を生み出した人間が錦を殺したと思わせるため。


 ……つまり、この事件が他殺だと思い込ませるためだ。それが、琴子の真の目的。

 だが、私は彼女の期待に応えることができなかった。被害者の名前も知らず、当然交友関係も知らない私に、真実へたどり着くことなんて到底無理だ。だからこそ、奥の手を使うことになってしまったのだ。


 ……きっと、琴子は自死する前に、第三の事件を起こす。そしてそれこそが、日守琴子が人を殺す()()()()()になってしまう。


「……ここか」


 琴子の言っていた場所、大通りからは離れた位置にある廃ビルだ。

 浦崎にここのことは伝えてある。すぐに部下たちを引き連れて、押しかけてくるだろう。


 扉を開けて中に入る。

 薄暗い広間の中央に、女性が二人いる。一人は琴子、そしてもう一人は……。


「やはり、そういうことか」

「……こんばんは、樹里(じゅり)ちゃん」


 琴子が笑う。

 彼女の足元には、山根莉緒が縄で縛られ倒れていた。

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