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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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11話 追憶編その死:確信③

 ……受話器を手に取る。自然と握る力が強まるのを感じた。

 本来なら電話番号が公開されていないはずの公衆電話に来た二度目の着信。電話の相手は確実に彼女だ。


「もしもし」

『……もしもし、樹里(じゅり)ちゃん?』

「……琴子(ことこ)か」


 昨晩ぶりに聞く彼女の声。本来なら安心感すら覚えるはずなのに、今は不安でしかない。信じたいという気持ちが疑念に蝕まれる。

 少しでも黒い感情が(うごめ)けば、後はもう止まらない。疑念は確信に変わり、私の願いはただの虚飾に満ちたワガママと化す。


「なんで、お前はあの時現場にいたんだ?」

『さて、なんででしょう?』


 あの現場には違和感を覚えた。

 教卓には凶器のナイフが自身の犯行を誇示するように刺さっていた。だが現場の教室は接着剤による封印で密室モドキが生み出されていた。

 勿論この目的が人間による犯行が不可能であることを私たちに見せつけることで、犯人魔女説を演出することだとしたら。あの現場も理解できる。


 だが、あまりにもトリックが杜撰すぎる。

 仮に密室が接着剤ではなく本当に鍵で施錠されていたとしたら、明らかに他殺の死体と侵入が不可能な現場に混乱することになっただろう。

 だが実際は接着剤による偽りの密室だ。あんなの、すぐバレるに決まっている。


「お前が犯人であると仮定して……。お前の目的は誰かに…いや、私にあの遺体を見つけさせ、そして密室のトリックを看破させることだと、私は考えている」

(にしき)恵那(えな)

「は……?」

『教室で死んでいた子の名前だよ。……やっぱり知らなかったんだね』


 琴子の声には失望が混ざっていた。

 被害者の名前……。私はそれを浦崎(うらざき)に聞こうともしなかった。

 彼女に蔑まれるのも当然だ。

 謎を解くことが私にできる唯一の世間と繋がる方法だと自惚(うぬぼ)れていた。だが、本当はそんなことどうでもよかったのだ。

 私の原動力は好奇心。そのことをこの二日間で十分理解してしまった。……私は周りの人間なんてどうでもいい。そんな私が人間を名乗る資格なんてない。


 ……鬼だ。


『フーダニットもハウダニットも関係ない。ホワイダニットを理解しなきゃ、私は止められない』


 動機……。そんなの、いくらでも考えられる。魔女はそう言っていたが、今の私には何も思いつかない。


「それで、用件はなんだ。人でなしを罵倒したいだけなら、後でいくらでも聞いてやる」

『……けて』


 ……殺人犯なら絶対に言わないこと。

 だからこそ、聞き間違いだと思ってしまった。


「今…なんて言った」

『樹里ちゃん、私を助けて』


 犯人が琴子なら、こんなことを言う必要がない。しかし、逆に犯人だからこそ助けを求める必要があったとしたら……。

 その直後、私の脳には最も恐ろしい予想が浮かんだ。


「まさか、お前の次のターゲットは……」

『うん。……次に私は…私を殺す。だから、助けて』

「待て、早まるな!」

『場所はね……』


 受話器に向かって叫ぶ私を無視して、彼女は一方的に住所を告げると電話を切ってしまった。

 無機質な通話が終了した音が、私の思考をかき乱す。だから、私の足は考えるよりも先に動き始めていた。


 ……琴子を止める。それが謎を解き明かす以上に、私がしなくてはならないことだった。



「それで、その後は……?」


 帰りの電車の中、結局我慢できずに私は樹里に過去の話を聞いていた。


「これで終わりだ。私は琴子の言った廃ビルに行き……、そこであいつを止めるためにナイフを奪って……、そして刺した」

「な、なんで⁉」


 琴子の自殺を止めることと、樹里が彼女をあんな状態にしたことが線で繋がらない。

 それに樹里が本当にやったとは思えない。恐らく、樹里は琴子の自殺を止められなかったのだろう。その結果琴子は死ななかったものの、今も眠り続けている。


 樹里はきっとそのことに責任を感じて自身が犯人だと思い込み……、そしてそれは彼女の中で真実となっているのだ。


「……これ以上、話すことは何もない」

「ごめんね。辛いこと思い出させちゃって」


 彼女の顔を見ることができない。じっと車窓から遠くの景色を眺める。

 だが、本当に日守(ひもり)琴子が全ての犯人なのだろうか。その疑問が未だに消えない。


 当時の樹里のように、ただ琴子のことを信じているわけではない。

 ……もしかしたら、今も樹里は別の可能性を探しているのかもしれない。


 ……いや、きっと違う。

 樹里は真実と向き合おうとしている。だからこそ、こうやって私に話すことで自身の中でも記憶を整理しているのだ。


「だからあいつは人間には不可能な、魔女による犯行だと……」


 アーランドは樹里の中で芽生え、そして今も彼女の心から消えることのない諦めの感情、真実から目を背きたいという無意識の欲求なのだ。


「何か言ったか?」

「え? い、いやっ、なんでもないよ」


 樹里の手を握る。

 何も出来ない自分が嫌になる。


 もう少しで駅にたどり着く。だが、急激な眠気に襲われた私は徐々に落ちていった。

 ……樹里のいない、遊戯世界に。



 最近、一二三(ひふみ)の様子がおかしい。そしてそれは、琴子との事件を話してから更にそして急激に悪化した。


『私は貴女が樹里ちゃんから生まれた存在なんて信じたくない』


 あの時の一二三は私のことを見ていたが、その瞳は私を映していなかった。私ではない、別の誰かと会話している様子だった。

 ……すぐに察した。一二三は遊戯世界に行っているのだと。

 現実世界と遊戯世界が混ざり合っている。私が経験したことのない現象が彼女の中で起こっていた。


 隣で可愛らしい寝息を立てながら、私の肩に頭を乗せる一二三のことを見て、私は彼女が普通の夢を見ていることを願うことしかできない。


 無責任な祈りだ。私はあの世界から逃げたというのに……。


「……そろそろ、意地を張ってる場合じゃないのかもしれないな」


 遊戯世界は私のただの妄想。そう定義することで、おかしくなっていくあの世界と私の心を繋ぐ何かを守っていた。

 だが、一二三があの世界に行くのなら私も一緒に行くのが……、彼女を守ると約束した私の義務だ。


『次は……』


 アナウンスが流れる。次の駅で降りなければ、家に帰ることは出来ない。しかし……。


「終着駅まで行くのも、たまには悪くないかもな」


 目を閉じて、現実と虚構の境界線を薄めていく。

 そして私の意識は深い底に落ちていった。

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