11話 追憶編その死:確信②
「おやぁ、またお会いしましたねぇ」
浦崎刑事が軽薄な笑みを浮かべながら私の顔を見た。
……どうにもこの男は苦手だ。表情は笑っていても、その瞳は感情を一切灯していない。
仮面のような笑みで私のことを見ている。
山根の通報で駆けつけた警察によってすぐに現場の検証が始まった。
「職員室でここの鍵を借りた人間は見つかったか?」
「鍵? ……職員室には教師がずっといましたが、特に怪しい生徒はいなかったそうです。しかし樹里ちゃんは変なことを聞きますねぇ。この扉、元々鍵なんてかかってませんよ」
「え⁉ でもさっきは……」
山根が驚いた表情で教室の扉を見つめる。
確かにあの時扉は開かなかった。だからこそ蹴破って侵入したのだ。だが鍵を使わなくても、鍵がかかっていると思わせる方法ならある。
「そうか、接着剤か……!」
私たちの侵入を拒むための苦肉の策としか思えない。
「扉の側面に瞬間接着剤を塗ることで、扉を開かないようにしたんだ。だがこんなトリック……、警察が調べたらすぐに解ることだ。犯人はどうして密室を作る必要が……?」
「ここからは私たちの仕事ですので」
やはり警察の目がある以上、私では捜査ができない。
何か方法はないものか。そう考えていると、山根が持っているスマートフォンが目に入った。
……本当ならやりたくない。だが、これ以上捜査をするにはこれしかない。
「なあ、それ少しだけ借りていいか?」
「スマホを? 別にいいけど……」
スマートフォンを受け取ると、私はすぐに慣れた手付きで番号を入力する。
「お家の人に電話?」
「まあ、そんなところだ」
ただし電話の相手は両親ではない。
……島に住む魔女だ。
しばらく発信音が流れた後、電話の向こうから男の声がした。
「……総一郎だな。私だ、サチヱおばあ様に替わってくれ」
『かしこまりました。樹里様』
そして私は浦崎にスマートフォンを渡した。
彼は『サチヱ』という名前を聞いた時に一瞬だけ表情を変えた。……ならチャンスはあるはずだ。
「なるほど、それをされたら私も断るわけにはいきませんねぇ……」
「あぁ、頼む」
「……もしもし、お久しぶりです。えぇ、以前貴女に助けていただいた浦崎です」
これは賭けだ。
もしそれに負けたのなら、私はこれ以上事件を調べることができない。……琴子を救えなくなる。
警察のことを信用していないわけではない。ただ、この事件は私が解き明かさなければならない。それが私に唯一できる罪滅ぼしだ。
私は自分の家が嫌いだった。だから本当なら赤崎という姓を使って捜査に介入することはしたくなかった。しかし、今はそんなこと言っている場合ではない。
浦崎が通話を切り、スマートフォンを山根に返却する。
「フッフッフ、貸し一つですよ。赤崎家のお嬢様」
どうやら、賭けには勝ったようだ。
「そうか、なら早速だが監視カメラを見せてくれ。犯人が映っている可能性がある」
不完全な密室のトリック。
それが犯人のミスではなく、何か意図があるとしたら。例えば、真実から私たちの目を逸らすために、わざと単純な手法で密室を作りだしたとしたら。
だがどんなに考えたところでまだ何もわからない。今は少しでも情報を多く集めるべきだ。
「えぇ、構いませんよ。……かなり面白いものが映っていましたから、覚悟してくださいね」
一抹の不安を感じながら、私は警備室に入った。そして浦崎の指示で警備員が監視カメラの録画映像を再生する。時間は私たちが遺体を発見する直前だ。
場所は校門、制服やジャージ姿の生徒たちが歩いている中、一人私服の人間が慌てた様子で走り去る様子が映っていた。
「な……」
これを見ても、まだ信じたくない自分がいる。
だが、彼女がただの被害者ではないのは紛れもない事実なのだ。
「行方不明になっていたはずの日守琴子さん。彼女は一体ここで何をしていたんでしょうねぇ……」
浦崎の声が耳にまとわりつき、しばらく離れなかった。
●
『ククク、どうやらお疲れのようだな』
いつものコンビニ前のベンチ。だが隣に琴子はいない。一人きりだ。
「……黙れ」
必死に考えているが、行方不明だったはずの琴子が高校にいて、そして逃げた理由がわからない。
確かに、ただの被害者でないことは事実だろう。だが、まだ犯人と決まったわけではない。
『甘いな。犯人は日守琴子以外考えられない』
「そんなはずがない! まだ他の可能性があるはずだ。例えば、琴子が真犯人に脅されて仕方なく……」
『本気でそう思っているのか? ……失望したぞ』
『幸運の魔女』の言葉に何も言い返せない。琴子の行動はどう考えてもおかしいことくらい、本当はわかっている。
真実を突き止める。口で言うだけなら簡単だが、いざ実行しようとすると真実から目を背けてしまう。
「……だとしても、問題は動機だ」
『貴様はここで話している時の日守琴子しか知らないだろう? しかもあの娘が通っているあの閉鎖空間なら、いくらでも動機が生まれるはずだ。……貴様も経験したよなぁ?』
「……そうだったな」
人間は自分たちとは違うものを排除するようにプログラムされている。そのことを、私は今までの人生で痛いほど学んできた。
老人のような白い髪、血のように赤い瞳。後者はカラーコンタクトをすれば誤魔化すことができるが、前者はどうにもならない。
ウィッグや、いっそのこと染めてしまうのも考えたが、どちらも失敗に終わってしまった。
結局、私は小学校での六年間、そして中学校での二年間は悪意にまみれたものだった。そして卒業までの残り一年間はこれまで以上のものになるだろう。
高校受験のストレス解消の捌け口として、更なる悪意が私を襲うことになる。
私は高校を受験するつもりなんて一切ない。本当なら最後の一年は一日も登校せずに終わらせるつもりだった。だがそのささやかな願いは両親によって否定された。
世間体のため……。せめて中学卒業までは普通の学生として過ごす。それが両親によって課せられた、高校に進学しない条件だった。
『悪い、今は関係ないことだったな』
「いや、構わない。それより……」
先程から音を鳴らしている公衆電話を見る。
昨晩と同じ。……嫌な予感がした。