3話 色欲の罰③
「ということは、犯行が可能だったのは……使用人のどちらかということになりませんか?」
桐子が二人を見ながら言う。その瞳には不信感がこもっていた。
たしかに彼女の意見は筋が通っている……。通っているのだが、何か違和感がある。
もし犯人が使用人だとしたら、密室を作る必要がない。それどころかマスターキーの存在によって、ただ疑われるリスクが上がるだけだ。
「そうだね。……でもまだ断定はできない。答えを焦りすぎるのは良くないよ」
「ですが……。いえ、すみません」
桐子は謝ると一歩下がり、ひっそりと爪を噛んだ。
「とりあえずカードキーは俺たちで預かろうぜ」
「……それで疑いが晴れるのなら」
「は、はい……」
栄一はカードキーを二人から受け取ると、二枚のカードを重ねて一切躊躇せずに折り曲げた。カードからパキパキという音が鳴り、折り曲げた部分にヒビが走る。元に戻そうとすればカードが二分割されてしまいそうだ。
「これでカードキーは使えないな。じゃあこれはあんたが預かっていてくれ」
そう言って一枚を桐子に渡した。
「えっと……、こういうのは新太さんの方が……」
「いや、これは桐子が持っていてくれ。……どうやら私は信用されてないみたいでね」
新太は肩をすくめて自嘲した。
「とりあえず今日はこれで解散しよう。みんな今晩は絶対に部屋から出ないように」
「ちょっと待て、俺はどこで寝たらいいんだよ」
……あの部屋のことを思い出してまた吐きそうになる。
冷静になればなるほど先程の自分の異常さに気づいてしまう。そして樹里もまた異常であることに。
「……別の部屋を用意しよう。少し待っていてくれ」
「じゃあ、私たちは先に戻るぞ。行くぞ、一二三」
「う、うん。……おやすみなさい」
欠伸をしながら部屋を出る樹里についていく。やはり、彼女は常軌を逸している。
●
たどり着いたのは私たちの部屋ではなく、事務室だ。テーブルと椅子、電気ポットなどもある。きっと、使用人たちの休憩室でもあるのだろう。
樹里はそんなものには目もくれず、一直線で金庫へ向かった。
「この中にマスターキーが……?」
「だろうな」
この金庫には鍵穴が存在しない。その代わりカードリーダーが取り付けられている。本当にカードキーでしか開かないのだ。だが先程カードはどちらも折られ、使えなくなってしまった。
「安井さんが使ったマスターキーはあの後すぐに中へ入れてしまったので、もうマスターキーを使うことはできません」
「うわっ⁉」
いつの間にか私たちの後ろに総一郎が立っていた。
「これはなんだ?」
樹里が金庫に埋め込まれている液晶画面を指差した。
「ここに金庫を開けた時間が表示されます」
そう言って総一郎が画面に触れる。
「え……?」
彼が困惑した表情で画面を見つめている。私も画面を見ると、そこには二つの時間が表示されていた。
私たちが加奈子おばさんの遺体を発見した時間、そしてその少し後、この二つだけだ。
「時間は最大で何個表示されるんだ?」
「一週間以内で開いた時間が五つまで表示されるはずなのですが……」
……おかしい。それが本当なら、三つ表示されてないといけないことになる。どうしておばさんが殺された時間に金庫を開けた記録がされていないのだろう。
その答えは簡単だ。だがそれが事実なら、真実が益々わからなくなる。
「もしかして、犯行にマスターキーが使われていなかったってこと……?」
「そうなるな……。なあ、加奈子が殺された時間帯、総一郎は何をしていたんだ?」
落ち着いた様子で樹里が聞いた。所謂アリバイ調査だ。
「午後十一時頃、丁度お二人が本館に来る直前までここで休憩をしていました」
「その間、誰も来なかったのか?」
「はい。ですが……、それを証明できる人間がいません。安井さんは掃除をしていたので、ここには私一人でした」
「なるほど、じゃあここにいたというのは嘘で、本当はゲストハウスにいたという可能性もあるわけだな」
「……そうなりますね」
何が本当で、何が嘘なのだろう。私には何もわからない。
「総一郎さんがここにいたのが本当だとしたら……。犯人はどうやって鍵をかけたんだろう。部屋は密室だったわけだし」
「密室殺人なんて存在しない。あれは犯人の生み出した幻想だ」
樹里が断言した。
扉は勿論、窓の鍵もしっかりと施錠されていた。なら犯人はあの密室からどう逃げだしたのか、私には見当もつかない。
「マスターキーも本来の鍵も使えない以上、なんらかの仕掛けがあったと考えるべきだ」
「……糸で外から鍵をかけたとか、ナイフを飛ばす罠があったとか……」
まるで推理小説に出てくるようなトリック。そんなものが現実にもあれば、今回の事件も簡単に解き明かせるのに……。
「そんなことをしたら、少なくとも証拠が残るはずだ。だがあの部屋には何もなかった……。そしてあのメッセージ、確実に犯人は室内で直接加奈子を殺したんだ」
「じゃあ犯人はどうやって……」
どんなに考えたところで、答えは出てこない。
「まだ情報が足りないな……」
「そろそろお部屋に戻られた方がよろしいのでは?」
総一郎の言葉に私は頷いた。ここにいたところで、これ以上新しい情報を得ることはないだろう。もう他の人たちも部屋に戻っている。……悔しいが、続きは明日だ。
「そうだな。行くぞ」
「う、うん。……総一郎さん、おやすみなさい」
こうして私たちは部屋を後にした。
●
ゲストハウスの部屋に戻り、鍵をかけると一気に身体から力が抜けた。そのまま膝から崩れ落ちる。……もう限界だ。
「……私は先に寝るぞ」
「どうして、樹里ちゃんは平気そうにしてるの……?」
実の母親が誰かに殺されたというのに。樹里はまるで何事もなかったかのようにしている。
いや、それだけならまだマシだ。
……彼女は明らかに今の状況を楽しんでいる。
「……お前と同じで、犯人が許せないからだよ」
「えっ……?」
「私は犯人が誰なのか知りたい。母親を殺したクズを自分の手で捕まえたい。だからこそ、今は悲しんでる暇なんてないんだ」
「……ごめん。本当は悲しいに決まってるよね」
「別に気にしてはいない。感情がわかりにくいと、加奈子にも昔から言われていたからな」
……よかった。
きっと彼女が抱いているのは私のような復讐心ではないのかもしれない。それでも、ただ好奇心だけで犯人を捜しているわけではないことに安堵した。
ベッドに横になる。するとなんだか急激に眠気が襲ってきた。今夜は眠れないと思っていたが、身体は正直だ。
……そのまま、泥のように眠る。そのはずだった。
「……な」
何か聞こえる。
「悲……みなん……んだ」
夢の世界へ落ちる直前の私には、上手く言葉を聞き取ることができない。
ただ、最後の言葉だけはハッキリと聞こえた。
「ちっとも、悲しくないんだ」
……そこで私の意識は途切れた。
そして、一日目が終わった。
……起きたら、今日のこと全部が夢だったらいいな。