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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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9話 幕間「はじめまして」

 次の日、私たちは琴子(ことこ)が入院している病院に行くことになった。

 樹里(じゅり)の過去については、お見舞いが終わってからまた続きを聞くことにした。


 ……ホワイダニット。動機を考えるためには、まず日守(ひもり)琴子という人間を知りたくなったからだ。


 十分ほど電車に揺られ、目的地にたどり着く。

 慣れた足取りで病室に向かう樹里の後ろをついて歩く。彼女の手には来る途中で買った花束が握られていた。


「……ふぅ」


 樹里が一度ため息を吐くと、病室の入口にかけられたネームプレートを見た。

 『日守琴子』、この中にいるのは彼女だけだ。


 軽くノックをして病室に入った。

 ベッドの上に、琴子が眠っていた。長い茶髪の少女、彼女は三年間も眠り続けている。


「……約束通り、連れてきたぞ」


 樹里が優しく語りかける。


「いつの間にそんな約束してたの?」

「いいだろこれくらい」


 樹里が私をここに連れていく提案をしたのは昨日のことだ。しかし、彼女と琴子はそれより前から約束していたようだ。

 やはり完全に嫉妬を消すことはできない。それがたとえ返事することもできない人間だったとしても。


 ……いや、だからこそだ。

 日守琴子という存在は、樹里の中で永遠のものとなっている。それが揺らぐことは、きっと彼女が目覚めたとしてもないだろう。

 琴子にずっと眠り続けてほしいというわけではない。だが、どうしても彼女を妬ましく思ってしまう自分がいた。


 もし彼女がこんなことにならなければ、もしかしたら今隣にいるのは四条(しじょう)一二三(ひふみ)ではなく、日守琴子だったかもしれない。

 そんな可能性を想像するだけで寒気がする。


 結局私は自分勝手で他人の不幸を哀れむことができない最低の人間だ。


「……おい」

「えっ?」


 勝手な被害妄想に囚われていたが、樹里に呼び掛けられて我に返った。


「水と花を換えてくるから、琴子と何か話しててくれ」

「うん……」


 樹里が花瓶と花束を持って病室を出ていった。


「話してって言われても……」


 私が何を語りかけたところで反応は返ってこない。ただ心電図の規則的な音が鳴るだけだ。


「あら、赤崎(あかさき)さん以外のお見舞いなんて珍しい」


 振り向くと、看護師が不思議そうに私のことを見ていた。


「樹里ちゃん、どれくらいの頻度で来てるんですか?」

「一時期は毎日のように来てたね」


 やはり、樹里は琴子がこうなったことをかなり後悔している。そのことを再認識した。


「でも、夏頃からは頻度も落ち着いて、週に一回くらいに減ったの」

「それでも週一なんだ……」


 夏ということは、恐らく樹里がお見舞いの頻度を減らしたのは私と出会ったあの島での出来事からだ。


「琴子ちゃん、本当ならいつ目覚めてもおかしくないんだけど……」

「そうなんですか?」


 看護師が頷く。


「二人でなんの話をしているんだ」


 扉が開き、樹里が戻ってきた。彼女の抱える花瓶には新しい花が活けられていた。


「あら、じゃあ邪魔者は退散としますか」


 看護師は私たちを見て何か察したのか、ニヤニヤと笑いながら病室から出ていった。樹里が首を傾げながら、花瓶を飾る。


「琴子、こいつが前に言った四条一二三、名字は違うが私の姉だ」

「……はじめまして」


 眠っている琴子に語りかけながら微笑もうとするが、上手く笑えている自信がない。樹里に表情を見られないようにしながら、彼女の一方的な会話を聞き続けた。


 樹里は楽しそうに日常を語っている。私はそのことになんだか違和感を覚えてしまった。その理由はすぐにわかった。彼女の話している内容には謎が一つもないのだ。

 一昨日食べたコンビニスイーツの話。昨日見たネット番組の話。

 樹里が今話しているのは、彼女が普段嫌悪している退屈な日常なのだ。


「……あまりこいつには聞かせたくないんだ」


 私の考えは樹里に筒抜けのようだ。彼女が目を伏せて微笑んだ。


「そっか、じゃあここで昨日の話の続きは無理だね」

「あぁ……。じゃあ琴子、また来るぞ」


 惜しむように琴子の手を握りしめる樹里を、私は複雑な気分で眺めていた。


「そういえば、お腹空いたね」

「……そうか?」


 スマートフォンで時計を見ると、既に昼が近かった。

 今日は朝から何も食べていない。更に言えば昨晩もあまり食欲がなかったせいで、私の空腹感は限界に達していた。


「なら、久しぶりに行ってみるか」



 路地を少し歩くと、見覚えのある光景が現れた。

 塗装の剥げたベンチ、古びた公衆電話、そして年季の入ったコンビニエンスストア。遊戯世界でアーランドに見せられた場所。樹里が夜な夜な家を抜け出して通っていたコンビニだ。


「……むぅ」

「どうかしたのか?」

「なんでもない」


 当然だが、樹里は私がここを見ていることを知らない。


 何も知らない彼女はコンビニに入り、ホットコーヒーとハッシュドポテトを二つずつ購入した。そして一つを私に手渡した。

 ベンチに座り、コーヒーを喉に流し込む。


「三年ぶりだが、……あまり変わってないな」

「……あの公衆電話に、琴子さんから連絡が来たの?」

「そうだ。……どうやらもう使われていないようだがな」


 公衆電話には大きく『使用禁止』と書かれた貼り紙がされている。

 もはや小学生ですらスマートフォンを持つようになった時代だ。現代で公衆電話を使う人間はかなり少ないだろう。


「樹里ちゃんも、今はスマホ買ったしね」

「……そういえば、あの頃は持っていなかったんだった。もうスマートフォンの無い生活には戻れないな」


 樹里のスマートフォンの中には私が勧めたゲームや動画アプリが入っている。彼女は退屈を誤魔化すために、読む本がない時はずっとスマートフォンの画面を見ている。もはや中毒者だ。……私も人のことをとやかく言えないのだが。


「さて、続きの話をするか」


 ハッシュドポテトを食べ終え、口元をウェットティッシュで拭いながら言った。


「そうだ…ね……、うぐっ……」


 突然の頭痛、そして一瞬視界が歪んだ。


『あら?』

「な、んで……」


 目の前に現れたのは『双貌(そうぼう)の魔女』。彼女も怪訝な顔で辺りを見回している。

 だが、そのことに樹里は気づいていない。そして樹里の隣には、彼女そっくりの顔をした吸血鬼が……。


『ちょうどいい。ここで続きを語るとしよう』

『ちょっと! これどういうことなの⁉』


 盤上世界と遊戯世界が重なった。原因はわからないが、そのことだけが理解できた。


「おいっ、大丈夫か?」

「う、うん……。それより、早く聞かせて……」

「あ、あぁ……」


 そして樹里と、アーランドの声が重なる。

 こうして幕は再び上がり、悲劇は再開する。

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