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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
3章 吸血鬼たちの暇潰し
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6話 追憶編その零:深海

 ……息が詰まる。

 周りを見ると、私はいつの間にか海の底のような場所にいた。


「あ、れ……?」


 さっきまで、私は自室で樹里(じゅり)と話していたはずなのに。

 疲れが溜まっていて、自分でも気づかない内に寝てしまったのだろうか。


「少し違うな」


 突然、声と共に女性が姿を現した。それは私がよく見知った姿、しかし一目で別人だとわかった。


「誰……、樹里ちゃんじゃないよね……」


 雪のように白い髪と肌、深紅の瞳。

 樹里とよく似た姿なのに、纏う雰囲気が違う。

 ……彼女は別人だ。


「私はもう一人の赤崎(あかさき)樹里、『真実の吸血鬼』。アーランドとでも名乗っておこうか」

「それって……」


 私は理解した。ここは夢の世界ではない。……樹里の心の中、遊戯世界だ。


「知りたいんだろう? 樹里の過去が」

「何それ、私達も気になる!」


 ケラケラと子供のような笑い声をあげながら、もう一人女性が現れた。

 私がこの世界に来た時、最初に出会った女性、『双貌(そうぼう)の魔女』だ。


「余計な客まで来てしまったようだな」

「……いいよ。それより、聞かせて。樹里ちゃんのこと」


 私は自然とこの世界のことをもう一つの世界であると理解していた。

 決して夢でも妄想でもない。


「そうか。……少し長くなるぞ」


 こうして吸血鬼は語り始めた。赤崎樹里の過去、そして原点。

 ……彼女の原点は、大きな後悔から始まった。



「……高校には行かない」


 教師にはっきりと告げる。

 何度もした問答だというのに、教師は諦めきれない表情で頭を掻く。進学したところで、私を取り巻く環境は何も変わらないだろう。なら、行く意味なんて何一つ感じられない。


「しかし……」

栄一(えいいち)加奈子(かなこ)にもそう伝えてあるし、二人から既に了承を得ている。何も問題はないはずだ」

「だけど、仕事はどうするの?」

「別に。しばらくは赤崎家の金を食いつぶして、素寒貧になったら考えるさ。……もう帰っていいか?」


 席を立ち、教師の制止を無視して教室を出る。

 首にかけていたヘッドホンを耳に当てる。プレーヤーの再生ボタンを押すと、十数年前に流行った曲が大音量で流れた。

 廊下で駄弁る生徒や外で青春を謳歌する運動部、そんなくだらない喧噪から隔離される。


 先程渡された紙切れを見る。先日受けた模試の結果だ。

 ため息を吐いた私はそれを丸めて、ゴミ箱の中に捨てた。


「……退屈だ」


 どこまでも満たされない感情。それが産まれてからずっと私のことを支配していた。

 そうして気づけば私は中学二年生になっていた。


「今日も、あそこへ行くか……」


 彼女と会う時だけ、私は少しだけ普通の人間になれる気がした。


 外に出て、家路とは別方向を歩く。

 慣れた足取りで、いつもの集合場所へ向かった。


「あれ、今日は来ないんじゃないかって思ったよ」

「……約束したからな」

「そう言って、この前は来なかった癖に」


 コンビニ前のベンチに座り、スマートフォンをいじっていた女性が私の顔を見ると笑顔で立ち上がり、私のことを抱きしめた。



「ちょ、ちょっと待って!」


 吸血鬼の腕を掴み、話を無理矢理中断させる。


「どうかしたのか?」

「いや、だって……。いきなり知らない人が……」

「あら、赤崎樹里の元カノでしょ? もしかして貴女、好きな人の身体が自分以外に汚されているのが嫌なの? めんどくさい童貞みたいな考え方ね」

「そうじゃなくてッ! ねえ、その人は誰なの⁉」


 魔女と会話していても埒が明かない。私は吸血鬼の深紅の瞳を見つめた。


「……日守(ひもり)琴子(ことこ)、赤崎樹里の生み出した心の壁を壊しかけた人間だ」

「私より先に……」


 なんとなく心の中にモヤっとした感情が生まれる。

 ……恐らく、私は琴子という女性に嫉妬していた。


「……それで、話を続けていいか?」

「う、うん……」



「ほら、食べて」


 琴子がコンビニで買ったハッシュドポテトを受け取り、一口(かじ)る。


 日守琴子は私にとって唯一と言っていい友人のような存在だ。琴子は女子高生、私よりも数歳年上だ。

 出会ったのは数ヵ月前。中学生が外を出歩くには遅い時間、このコンビニで私たちは出会った。

 同じベンチに座り、時々会話をするようになって、そして今の関係に至った。


「もう少し味わって食べなよぉ」

「……味なんてわからない」


 味なんて何も感じない。魂が腐っていく過程で、私の味覚はほぼ失われていた。


 完食し、水を喉に流し込む。

 それから琴子の他愛のない会話に相槌を打ち続ける。なんの意味もないただの日常。それが案外心地よかった。

 だが、それでも魂の腐食は止まらない。ただ結末を先送りにしているだけだ。


「じゃあ、私はこの辺で」


 琴子が立ち上がり、ビニール袋をゴミ箱に捨てた。


「そうか。なら私も帰るか」

「……明日は来る?」


 顔を赤らめながら訊ねてくる。


「さあな、気が向いたら来る」


 私は少しだけ恥ずかしくなるのを感じながら、その場を後にした。

 こんな日常がいつまでも続く。そう信じていた……。



「この頃から年上が性癖だったのねぇ……」

「すごく複雑な気分なんだけど……」


 モヤモヤとした気持ちは晴れないが、もう一つ不安があった。


「ねえ、琴子さんって今どうしてるの?」

「もしかして、一二三(ひふみ)って推理小説のオチから読むタイプなの?」


 魔女が茶化すが私にはツッコむ余裕なんてなかった。

 私は日守琴子という人間を知らない。それどころか、樹里にそんな友人がいたことすら知らなかった。

 樹里が中学生の時に琴子は高校生。なら今は大学生か既に就職していて、引っ越している可能性が高いだろう。だから、今は会うことができないのだ。……だが、それを信じることができない自分がいた。


 樹里は過去を語りたがらない。その原因に琴子が関わっている気がしてならない。


「日守琴子は今も生きている。……病室でな」

「病室…、それって何か病気とか……?」


 病気じゃないことくらい、わかっている。だが自然と考えが甘い方向に向かってしまう。

 恐らく琴子は事件に巻き込まれて……。


「初めのうちは些細な事件だった。だが徐々にエスカレートしていき……」



「琴子、すまない……」


 雨の音も、浦崎(うらざき)たちの叫び声も、パトカーのサイレンも、何も聞こえない。ただ目の前に広がる紅色の液体、頬に涙が伝う感覚、……そして右手に握るナイフの重みだけが認識できた。


 廃ビルの中、琴子が胸から血を流しながら倒れていた。

 犯人は既に解っている。


 この事件の犯人は……。


「犯人は……、私だ。……私が日守琴子をこのナイフで刺した」

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