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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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26話 ネクストプロローグ:『日守琴子』

 大学から家に帰ると、樹里(じゅり)が雑誌を読んでいた。


「あれ、珍しいね」


 暇つぶしのために一日中本の世界に入り浸っていることも珍しくないのだが、彼女が今読んでいる本は普段の彼女が唯一と言っていいほど読まないものだった。

 樹里が読んでいるのはゴシップ雑誌だ。


「あぁ、興味深い記事があったからな」


 そう言って読んでいた記事を私に見せる。記事に載っていた写真には、見覚えのある二本の塔が写っていた。


「これってもしかして……」

芦田(あしだ)が書いた記事だ。あの事件のことについて書かれてる」


 クリスマスに起きた事件、あれからもう一ヵ月も経っていた。

 大学ではもうすぐ試験、それが終われば春休みだ。


 だが今の私に、休暇中に遊んでいる暇なんて存在しない。


 就職活動に向けての準備だけではなく、落としてしまった単位をどうリカバリーするかも考えなくてはならない。……憂鬱なんてどころの話じゃない。


「私についても書かれてる。まったく、許可なんてしてないのにな」


 流石に記事には樹里の名前は書かれていない。だが、塔で起きた謎を解いた少女について細かく書かれている。

 しかもそれだけではない。どこで調べたのか、俯瞰島でのことも記事に書かれている。

 もはや名前を伏せている意味なんてないほどだ。


「さて、そろそろ私も動くか」


 私が首を傾げると樹里はスマートフォンの画面を私に見せた。

 画面に表示されていたのはSNSのアカウントのプロフィール画面。アカウント名は……『アカサキ探偵事務所』。


「探偵事務所……?」

「あぁ、配信を始めたのもこれを宣伝するためだ。……私も一生無職でいるわけにもいかないからな」


 ……先日私が就職をどうするか悩んでいた時のこと、恐らく樹里も気にしていたのだろうか。樹里は顔を赤らめながら、私の手を握った。


一二三(ひふみ)がよければでいいんだが……」


 なんだか私まで顔が熱くなる。

 そして彼女が何を言いたいのか、既に察しがついていた。


「私の助手として……」

「勿論!」


 樹里が話し終える前に、彼女の身体を抱きしめる。

 これで彼女とずっと一緒にいることができる。それが嬉しくて仕方がなかった。


 だが、この時の私はまだ知らなかった。赤崎(あかさき)樹里という人間の原点、彼女が過去に何を抱えているのか……。



 一二三が大学へ行っているタイミングに、決まって私は大荷物で外出をする。

 バッグの中には数日分の衣服が入っている。しかしこれは私の着るものではない。


 電車から降りて、慣れた足取りで病院に向かう。

 そしてとある女性が入院している部屋に入る。入口には『日守(ひもり)琴子(ことこ)』と名前が書かれたプレートが取り付けられている。


 室内では丁度看護師が点滴を取り換えているところだった。


「あら、樹里ちゃん今日も来たんだね」

「……あぁ、着替えここに置いておくぞ」


 バッグを適当な場所に置く。中の着替えはここで眠る彼女のためのものだ。


「琴子、私はずっと起きるのを待ってるからな……」


 返事はない。心電図モニターの音が室内に寂しく響く。


 これが私の犯した罪。

 そして赤崎樹里が遊戯世界という妄想の中で吸血鬼というアバターを持つようになってしまった原因。私の経験した最初の事件で琴子はずっと眠り続けている。

 ……それは後悔で終わる物語だ。

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