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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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25話 数百人の目撃者 後編

 再び琉璃(るり)の部屋を訪ねると、彼女は出かける直前だったようで、「すみません」と私たちに頭を下げた。そして樹里に鍵を渡す。


「お昼には帰ってくるので、中で待っていてください」

「中に入っていいのか?」

「はい。……怪しいものなんて何もないので」


 そう言ってまた勝ち誇ったような笑みを見せる。

 琉璃への疑念は強まるが、結局のところ証拠がなければ意味がない。


「……なら、その言葉に甘えて入らせてもらうか」

「それでは私はこれで」

「最後に一つだけいいか?」


 樹里(じゅり)が琉璃のことを呼び止める。


「なんでしょうか?」

「……事件当日、何か物音は聞かなかったか?」

「警察にも聞かれましたけど、特に何も……。お力になれずすみません」

「いや、悪かったな。行っていいぞ」


 そして琉璃はもう一度頭を下げると、階段を下りていった。


「あの工事音、樹里ちゃんも聞こえてたんだね」

「……なんのことだ?」

「あれ、でもさっき物音のこと聞いてたよね?」


 生放送には工事音以外の異音はなかった。なら、樹里は何の音を気にしていたのだろう。


「とにかく、部屋に入るぞ」


 樹里が私のことを見るが、私は彼女から目を逸らしてしまう。

 今朝彼女が泣いた理由を私は聞くことができなかった。恐らく、遊戯世界という場所が何か関係しているのだろうが……。



 部屋の様子は昨日と変わらない。


「証拠は既に処分済みか、もしくは何処かに隠してあるのか……」


 クローゼットを漁りながら樹里がブツブツと呟く。私も彼女に(なら)ってタンスの中を確認するが特に怪しいものは見つからない。……まるで空き巣をしているような気分になってしまう。


「やはり、証拠はあの配信だけだな……」

「でも、配信中に人を殺すことなんてできないよね。コメントにも反応してたから、事前に撮影したものを流したわけではなさそうだし」


 そう言ったところで、樹里がスマートフォンを取り出した。


「いや、まだ可能性はある」


 スマートフォンで何かを入力する。

 画面を覗くと、樹里はSNSで何かを検索していた。


「動画投稿サイトのコメントだけが全てじゃない。ここに私たちがまだ見つけていない欠片があるかもしれない」

「もしかして、配信の時の実況とか感想の書き込み?」


 樹里が頷く。

 感想を書くのは動画サイトのコメントだけではない。SNSでの呟き、そこでも感想等を見ることができる。……だが、それに何か意味があるのだろうか。


「そんなことしても、アリバイを証言できる人が増えるだけじゃ……」

「そうでもないみたいだぞ?」


 樹里がスマートフォンの画面を見せる。

 画面にはとある人物の呟きが表示されていた。


『今日の配信あんまりコメント拾ってもらえなかった…初見を大切にするのもいいけど既存のファンも大事にしてほしい』


「めんどくさいファンだなぁ……」


 思わず本音が口から出てしまう。

 身勝手でワガママな意見。本当なら視界にも入れたくない類のものだが、不思議な違和感がある……。


「調べる必要がありそうだな……」


 樹里がスマートフォンを操作する。


「私は今までのアーカイブを確認する。一二三(ひふみ)はそのまま部屋漁りを続けてくれ」

「う、うん……」


 すると樹里は大音量で配信を再生し始めた。倍速で再生しているのか琉璃のアバターであるヨエルの更に高くなった声が早口で聞こえる。

 音量を上げるならイヤホンをすればいいのに……。そう考えながら空き巣まがいの行為を再開する。



 数時間経過し、そろそろお昼だ。

 私の方は収穫ゼロだったが、樹里は先程から笑いを我慢できずにいる様子だ。


「……どうかしたの?」


 恐らく何か証拠を見つけたのだと思うが、正直頭がどうにかなってしまったのではないか心配になってしまう自分もいた。


「ククッ、見つけたぞ。桐野(きりの)琉璃のアリバイの隙がな」

「アリバイの、隙……?」

「あぁ、これを見ろ」


 樹里がアーカイブを再生する。

 再生されたのは過去の配信ではなく、何度も見た事件当日の配信だ。


「工事音のようなものが流れているのは十二時半から十五分ほど。その間もコメントに反応しているのだが……」


 SNSでの自分勝手な感想を思い出す。


「もしかして、その時反応していたのって」

「あぁ、全員過去の配信ではコメントしたことがない人間だったんだ」

「偶然の可能性だってあるけど……」

「確かめる方法ならある」


 そう言って樹里はスマートフォンを耳に当てる。


浦崎(うらざき)ッ! 至急調べてほしいことがある。……は⁉ お前らの事情なんて知るか! 犯人が解ったんだよ!」


 するとインターホンの音が鳴った。

 扉を開くと、中年の男が不機嫌そうな表情で私のことを睨んでいた。


「下の階の者だけどよぉ…、さっきからうるせぇんだよ」

「えっ、す、すみません……!」


 頭を下げて謝罪すると、男は扉を乱暴に閉めて出ていった。


「まあ、あれだけ騒いでたら下の部屋に音が響いちゃうよね」

「音……?」


 樹里が呟いた。そして私の中でも、恐らく彼女と同じ疑問が生まれる。

 音……。だが、あの時琉璃は……。


『……事件当日、何か物音は聞かなかったか?』

『警察にも聞かれましたけど、特に何も……』


 そしてあの配信で聞こえた工事音。

 確かに工事音はしたが、上の階で争ったような音はしなかった。


 そうか……。樹里はこれを気にしていたんだ。


「これで、全ての謎が解けた」


 樹里はニヤリと笑った。



「いやぁ、遅れてすみませんねぇ」


 浦崎が汗を拭きながら部屋に入ってくる。

 これで全員揃った。


「えっと、なんで私の部屋に……?」


 琉璃は困惑した表情で浦崎の分のコーヒーを入れる。浦崎は「どうも」と会釈するとコーヒーを喉に流し込んだ。


「わかっているだろ? 私が何を言いたいか」

「……わかりません」


 琉璃が首を傾げる。まだ彼女は自分が既に詰んでいるということに気づいていないのだ。

 そして、樹里は告げた。犯人の名を……。


「犯人はお前だ。桐野琉璃……!」


 樹里が犯人を指差す。琉璃は歯を食いしばりながら樹里を睨む。


「わっ、私にはアリバイがあるんですよ……?」

「そんなもの、どこにもないだろ。お前は事前に録音した声を流して被害者の部屋に行ったんだ」

「樹里ちゃんに言われて確認しました。現場近くで工事をしていたのは事件当日の午前中。その時間帯、琉璃さんは仕事がお休みで部屋にいたことも他の住人が証言しています」


 浦崎の言葉に琉璃の表情が更に青ざめていく。

 もう彼女の負けは確定している。だが、彼女はまだ抵抗した。


「録音したものだとしたら……、どうやってリアルタイムで流れていくコメントに反応したっていうんですか?」

「……将太(しょうた)さんの首を縄で絞めながら、自分でコメントを投稿したんですよね?」

「は?」

「これも浦崎に調べさせた。録音した声を流していたと思われる間に拾っていたコメント、そのすべてがお前の投稿したもの、つまり自作自演なんだ」


 録音した声がコメントを拾うタイミングを見計らって、スマートフォンを使い自演コメントを投稿する。それを琉璃は複数のアカウントで実行したのだ。

 発信元を調べればすぐにバレる、かなり雑なトリックだ。


 樹里の推理に琉璃が「なんで」と繰り返し呟き続ける。その様子を樹里はつまらなそうに眺めていた。

 彼女にとって一番の至福である謎は既に解けてしまった。あとはもうただの退屈な作業でしかないのだ。


「それに、お前のトリックには穴がありすぎた。少なくとも証言で物音がしなかった、なんて下手な嘘はつかない方がよかったな。そうすると配信にその音が入っていないことを怪しまれるのを危惧したのかもしれないがな」


 現場の部屋はあんなに荒れていたのだから、当然物音はかなりしたはずだ。だが、真下の部屋にいた琉璃は聞こえなかったと言った。実際配信にもそのような音はなかった。

 それだけならまだ不自然なところはない。

 しかし昼前にここへ訪れた苦情、ならあの時も琉璃は物音が聞こえなければおかしい。そしてあの時の音が事前に録音したものなら……。つまり、彼女は犯行時部屋にはいなかったのだ。


「……私がやりました」

「これで閉幕だ、退屈な謎だったな」


 樹里は勝利宣言をすると、大きく欠伸(あくび)をした。


「どうしてあんなことを……」

「……あなたたちにはわかりませんよ。私の気持ちなんて」

「そりゃそうだろ。お前みたいな殺人犯の気持ちなんて、……知りたくもない」


 冷たく言い切る。しかし、樹里の身体は少しだけ震えていた。


「何年もかけて積み上げてきたものが一瞬で崩れ落ちるかもしれない恐怖。あなたもやってみればわかりますよ」


 琉璃はそう言うと哀しそうに笑った。



「樹里ちゃん、それどうしたの?」

「買った」


 部屋に入ると、樹里がノートパソコンにマイクを接続していた。パソコンは私が講義のレポート作成に使っている安物だ。


「あーあー、マイクテスマイクテス」


 マイクに向かって話しかける。


「よし、始めるか」

「もしかして、……配信?」

「あぁ、始めたら少し静かにしていろよ」

 

 ……琉璃の最後の言葉。まさか彼女の気持ちを知るために配信を始めようとしているのだろうか。


 樹里の初配信に来たのは数人程度、まあ最初はこんなものだ。

 これからコツコツとやっていくしかないのだが……、彼女は飽きずに続けることができるだろうか。


「声が可愛い……?」


 コメントに反応する様子を隣で眺める。

 できるだけ声を入れないようにしていたのだが、顔を赤くする樹里を見て我慢ができなかった。


「はぁ⁉ 私が似たこと言った時は軽く聞き流してたのにッ!」

「一二三⁉ 今は静かにしてろって……!」

「ねぇなんでッ⁉ なんでなの⁉」


 私はおもいっきり樹里に抱き着いて叫んだ。

 この放送事故のせいで少しだけ樹里の配信がバズってしまうのだが、……それはまた別の話。

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