表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
63/210

21話 不運な密室 後編

「監視カメラ確認してきました。……って浦崎(うらざき)さんは?」

「あいつには別の用事を頼んだ」

「はぁ? お前勝手なこと……」


 樹里(じゅり)がため息をつく。


「そんなこと今はどうでもいいだろ。それより、監視カメラの映像は?」

「……ばっちり映ってたよ、ぐったりしてるその子を背負った鍋島(なべしま)がな」


 岸部(きしべ)が私を指差す。やはり、鍋島は私を眠らせてここに運んだのだ。……でも、なんのために。

 眠る私を無理矢理犯すのなら、何故彼はベッドの上で物言わぬ死体に変わっている? もしかして、本当に私は彼を……。


 いや、違う。樹里に教えてもらった証拠。

 あの傷をつけることは、昨晩の私には不可能なはずだ。


「首の傷、これは凶器のナイフで切られたものだ」

「それがどうした」

「もし、私が犯人だとしたら……、寝起きの状態で何回も鍋島くんの首を切った後、お腹を刺したことになりますよね」

「そんなことが一般人にできるか? それも部屋は一切荒らさずに」

「そ、それは……」


 最悪激しく抵抗した時に脅して従わせるためのナイフ、それをぼやけた視界と思考の状態で奪い、鍋島を襲う。私にはそんなことできない。


「きっと犯人は……」


 そこでスマートフォンが鳴った。樹里がそれを耳に当てる。


「もしもし、浦崎か。話は聞けたか?」


 通話の内容はわからないが、樹里はニヤリと笑いながら「そうか」と呟いた。そして電話を切ると、勝ち誇ったような表情で岸部のことを見た。


「……刑事さん、なんて言ったの?」

「詳しくは浦崎が戻ってきてから話すが…、犯人が解った」

「えぇ⁉」


 私と岸部が同時に驚愕の声を上げる。

 樹里は先程、浦崎が証拠を見つけると言っていた。きっと彼女の予想通り、浦崎は何かを見つけたのだろう。


「……安心しろ。お前は犯人じゃない」


 穏やかな声で言いながら、樹里が私の頭を撫でる。

 ……そういうことは私にじゃなく、一二三(ひふみ)にしてほしいのだが。

 そんな本心を隠しつつ、私は浦崎が帰ってくるのを待っていた。



「ふぅ……。いやぁ、お待たせしました」


 小一時間ほど経ち、浦崎が息を切らしながら部屋に戻ってきた。


「さて、全員揃ったところで始めるか」

「何を……?」

「決まってるだろ。月並みな台詞(セリフ)だが、……犯人はこの中にいる」

「えっ?」


 犯人が……この中に……?

 視界がグニャリと歪む感覚。容疑者は私しかいない。ということはやはり……。


『お前は犯人じゃない』


 樹里のあの言葉は、私を油断させるための嘘だったのだろうか。……信じていたのに。


「ということは犯人は……」


 岸部が私のことを睨む。


「それが犯人の目的だったんだ。今の岸部のように、(あかね)を疑いの目を向けることがな」

「どういうことだ?」

「その前に浦崎、もう一度聞かせてくれ」

「は、はい。鍋島鉄尾(てつお)は先月に会社を退職していました」


 何故。疑問で頭がいっぱいになる。そんなこと、昨晩は欠片も語っていなかった。それどころか、仕事の苦労話を誇らしげに自慢していたほどだ。


「そして部下に彼の家を訪ねさせたのですが、彼は重い病気を患った母親と同居していました。手術費用を用意するのにかなり苦労していたようです」

「……それだけじゃないだろ?」


 浦崎が頷く。


「鍋島は多額の生命保険に加入していました」

「ってことは、もしかして……」

「あぁ、犯人はこれを他殺に見せかける必要があった。そこで茜をここに連れ込んだわけだ」


 他殺に見せかける。ということはつまり鍋島を殺したのは……。


「鍋島鉄尾を殺したのは自分自身。つまりは自殺だ」

「そんな……」

「そう考えれば、首の傷も荒れていない部屋の状況もすべて説明ができる」


 首の傷、これは犯人と争った際に切られたものではなく。自分でやったということになる。ということは恐らく……。


躊躇(ためら)い傷ってこと?」

「そうだ。鍋島は最初自身の首、頸動脈を切って自殺しようとした。だが、死への恐怖から自然と傷は浅くなってしまう。それがこの複数の切り傷を生み出したんだ。だが最後にこいつは覚悟を決めて……」

「お腹を刺した……」

「あぁ、そして茜の指紋をつけるために刺さったナイフを抜き、枕元に置いたわけだ」


 その時の痛み、きっとそれは筆舌しがたいものなのだろう。一二三が右腕を刺された時と同等、もしくはそれ以上の苦痛が彼を襲ったのだ。

 それでも、彼は目的のためにこれをやってのけたのだ。それに巻き込まれた私の苦悩なんて露知らずに。


「でも、どうして私が……」

「さあな。そんなのもう誰にもわからない。誰でもよくて、偶然お前が飲んでいた酒に睡眠薬を混ぜたのか、それともわざとお前に飲ませたのか、その謎はもう誰にも解らない……」


 ……死者は何も語らない。それを痛感してしまった。


「さて、これで私の推理は閉幕だ。後はお前ら警察に任せたぞ」

「……はい」


 岸部が弱々しく頷いた。



「夕飯できましたよぉ」


 二人の食事をテーブルに載せる。


「今日は本当にありがとうございました」

「樹里ちゃん、また何かしたの? というか茜さんもまた厄介事に巻き込まれたんですか……?」

「まあ、そんなところだ」


 一二三が心配そうな顔で私のことを見る。ここで働くようになってからも、私の不幸体質は変わっていない。人が死に、私が疑われるのはこれで()()()だ。

 そして樹里は語り始めた。今日の事件のことを。私はそれを少し恥ずかしく思いながら聞いていた。

 話が終わると、一二三が立ち上がった。


「ど、どうかしました……?」


 無言で私に近づく。

 そして、一二三は私のことを強く抱きしめた。


「えっ⁉ 一二三さんどうしたんですか⁉」

「良かった……。茜さんが犯罪者にならなくて、本当に良かった……」


 一二三は軽く涙声になりながら繰り返し「良かった…」と呟く。確かに自分でもそう思うのだが、この状況で頭が真っ白になる。


「あ、間に……」


 必死に声を振り絞る。


「間に挟まないでくださいっ!」

「え?」


 私は見る専門であって恋愛対象は男性だ。ましてや間に入ろうなんて気は毛頭ない。

 それなのに、顔はまるで燃えているかのように熱く、自然と言葉も早口になってしまう。もはや自分でも何を言っているのかわからない。


「……茜」


 樹里が私のことを拗ねた表情で睨む。


「な、なに……?」

「一二三は渡さないからな」

「樹里ちゃん⁉」


 一二三の顔が真っ赤になる。本来なら至福の光景なのだが、今はなんだか胸に棘が刺さったような感覚がする。


「し、失礼しますっ!」


 もう限界だ。私はこの場から逃げ出してしまった。

 帰り道で頭に浮かぶのは一二三の表情ばかり。一体私はどうしてしまったのだろう……。


 この気持ちの正体を知るのはもう少し先になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ