18話 ???:甘い希望
目を開く。
すると、甘い香りが私の鼻孔をくすぐった。
「あら、起きたの?」
「……生きていたのか」
昨日私に破れた『双貌の魔女』がクスリと笑うと、私の分のティーカップに紅茶を注いだ。
俯瞰島での『幸運の魔女』を見て勘違いしていたが、どうやら謎を解いたからといって魔女が消滅するわけではないようだ。
「駒…いえ、現実世界の私達と遊戯世界の私達は別人だもの」
「そうか……。別人…か……」
「フフッ、死後の桔梗と蓮華が混ざり合った存在だと思った? 残念だけど、貴女が前に言った通り、私達は赤崎樹里の心が生み出した存在。実体なんてないのよ」
「そんなの、わかっている……」
甘い希望であることはわかっている。だが、信じたかった。あの二人……いや、三人が死後の世界で再会していることを。
別にここは死後の世界なんかではない。私の心の中だ。そんなこと、わかりきっていたはずなのに……。
「……もう一つ、聞いていいか?」
「何?」
「三人目の魔女は来るのか?」
『双貌の魔女』は『幸運の魔女』が去った後すぐに現れた。なら、今回も……。
「自分で何を言ってるかわかってるの? ここは貴女の心の中じゃなかったわけ?」
「一二三を守るためなら、どんな些細な情報だって見逃せない。それだけだ」
「……結局惚気話をしにきたの?」
魔女はため息をつき、紅茶を啜った。私もそれに倣って紅茶を飲む。まるで本物のような味が喉を通る。
「三人目の魔女は近いうちに来ると思う。でも、それはあいつ本人ではない」
「あいつ……?」
「鳩飼姉妹と『名無しの悪意』の裏側にいる黒幕よ。……あいつは自らの手は汚さない。だから次に来るのも手先の一人。心の裏側まで全部あいつに操られている正真正銘の駒がね」
「そうか……。だが、やることは変わらない」
……一二三のことを守りながら謎を解く。やることはそれだけだ。
「この前のこと、謝るね。本当にごめん」
「……なんのことだ?」
「イジワルのつもり? ……四条一二三は貴女にとって必要不可欠な存在、決して鎖なんかじゃなかった」
「別にそんなこと、気にしてなんかいないさ」
「……嘘つき」
すると魔女が私に何かを握らせた。手を開くと、黄金色の騎士の駒が光った。きっとあの時の偽一二三だ。
「それはもういらないのかしら?」
「……そうだな」
空になったティーカップに駒を入れる。これは私には不必要なものだ。
「退屈な一日だった」
棺桶の中に入り、なんとなく呟く。
「あら、四条一二三と二人きりであんなことまでしておいて、感想がそれ?」
「……見てたのか。悪趣味な魔女め」
「フフッ、当たり前でしょ? 私達は貴女なのだから。……これだけは覚えておいて。貴女にはサチヱの血が色濃く流れている。その証拠がこの世界、そして『真実の吸血鬼』としての姿なの」
『真実の吸血鬼』、ジュリ・アーランド……。それが私の遊戯世界での設定だ。
「つまり、お前がさっき言ったことは未来予知、いずれ必ず起こることなんだな?」
もし、サチヱも遊戯世界で未来を見ていたとしたら……。そうだとしても、もうそれを知る術なんてない。
「……そうね。三人目の魔女は春に……、必ず来る」
必ず……。魔女はそう言い切った。
「それなら、対策をするだけだ」
そして私は目を閉じた。現実世界、決してゲームなんかではない世界に浮上するために。
……絶対に、守ってみせる。
かくして、残酷な神は三度目のダイスを投げる。そしてその時、私と『名無しの悪意』の壮絶なゲームが始まる。