14話 盤上世界:爆発
額にできたコブをさすりながら階段を上る。後ろには目を真っ赤に腫らした鶴居がトボトボとついてくる。まだ彼には真実を伝えていない。嫌なことを後回しにするようで心苦しいのだが、今伝えれば彼が錯乱することが目に見えていた。
「……もう少し僕たちの判断が早ければ」
「後悔するのは後だ。さっさとやるぞ」
四階にある桔梗の部屋に入り、片隅に置かれた箱の中身を漁る。
中に入っている爆弾、恐らくこれで隣の塔を爆破したのだろう。それを適当な量拝借する。これで扉を吹き飛ばし、塔から脱出するのが本来の目的なのだが……。
ラウンジに下りた私は机をどかした。
「ちょ、ちょっと。何してるんですか⁉」
「離れてろ」
止めようとする鶴居を無視して爆弾を床に設置する。実際どのくらいの量が必要なのかわからないが、それを確かめる術も時間もない。……運試しだ。
「そんなことしたって……」
「まあ見てろ」
仕組みは簡単。時間を設定し、スイッチを押すだけ。
一度深呼吸をして、爆弾を起動した。そして急いで厨房に入り扉を閉めた。
固唾を呑んで扉を見つめていると、轟音が鳴り響き扉が震えた。恐る恐る扉を開けると、ラウンジの中央に大きな穴ができていた。
「あれ、この下って……」
鶴居が穴から下の階を覗き込む。本当なら下は一階、エントランスに繋がっているはずだ。だが、穴から見えるのは二階のラウンジ。つまり私たちが今いる場所とまったく同じ造りの部屋が真下に広がっていた。
「どうして……」
まるで二階がもう一つあるように見えてしまう。
……いや。本当にもう一つあるのだ。
「これが塔に隠された秘密だ。……本当にくだらない仕掛けだよ」
私は一度ため息をつくと、穴から飛び降りた。そして鶴居が降りてくるのを待たずに階段へ向かった。
「…くっ」
階段の途中で立ち止まり、着地の際に捻った右足を押さえる。
酷い痛みだが、こんなところで休んでいる暇なんてない。私は足を無理矢理動かしながら、下の階へと一歩ずつ階段を下りた。
エントランスに下りると、そこには本来東塔にいるはずに一二三と他の宿泊客がいた。一二三が私の顔を見て穏やかな笑みを浮かべる。
「……やっと会えた。やっと…樹里ちゃんに……」
左手で私のことを抱き寄せる。
……飛び跳ねたくなるほど嬉しいのだが、周りの視線が痛い。
「どうして……」
「これで、わかっただろ? 双子を殺した方法も、遺体が消えたトリックも」
遅れてやってきた鶴居が困惑しながら一二三たちのことを眺める。
だが、彼が求めていた人間はここにはいない。残酷な現実を彼は突きつけられているのだ。
「あ、あの……。妻は…祥子はどこに……?」
一二三と男二人が驚愕の眼差しを黒髪の女性に向ける。アルバムに写っていた鶴居祥子の姿を思い出す。
「わ、私は……」
「お前は誰だ?」
『これは地毛なのか?』
あの時鶴居伸二に聞いたのは、あれは写真に写っている女性が髪を染めているように見えたからだ。……まあ、私も似たようなものなのだが。
おっとりとしたたれ目に黒髪、目の前にいる女性の姿はまったくあの写真と一致しない。アルバムに写っていたのはつり目で金髪の女性だ。
「犯人はお前だよ。鶴居祥子を騙る偽物」
「え⁉」
「恐らく、本物の祥子はこいつに既に殺されているだろうな」
「そ、そんな……」
鶴居が膝から崩れ落ちる。偽祥子は表情を変えずにそれを見つめていた。
「お前は誰よりも先に知ったんだ。この塔の秘密、……私たち全員が同じ塔にいるということを」
片方しか動かないエレベーター。やけに長い階段。外観で思ったよりも少ない階層。ヒントはいくつもあったというのに、こんなくだらない真実にたどり着くのにかなり時間がかかってしまった。
「そもそも、私たちが何故時間を分けて塔に入ったのか。本当なら、その時点で気づくべきだったんだ」
同時に塔を訪れたら、犯行は不可能になってしまう。だからこそ一組ずつ、別の扉からここに入ったのだ。
「まあこの話は今となってはどうでもいい。それよりも、まず双子はこれを利用して二つの死体を偽装したんだ」
桔梗は蓮華のことを殺すと、万が一私たちが遺体が蓮華のものであることに気づくのを恐れて、顔を潰した。
先に一二三が遺体を発見してしばらく経った後、エレベーターは上に移動し私たちの目の前に現れた。それが一つの遺体で二人の死を偽装したトリックだ。
「きっと桔梗は自身の死すら計画の中に入れていたのかもしれない。西塔に瞬間移動した鳩飼蓮華の遺体、それを演出するためには自身の遺体も必要だからな」
「……ただの憶測ですよね? それじゃあまるで私が鳩飼さんたちと……」
「あぁ、お前は双子とグルだったんだろ?」
「祥子さんと鳩飼さんたちが共犯関係……」
「そんな勝手なこと!」
「勝手なことをしたのはあんただろ⁉ 祥子に何をしたんだ! 答えろよっ!」
鶴居が偽祥子に掴みかかる。
……激しい怒りを感じる。彼は妻を殺されたのだから、その感情は当然のものだ。
「私は何もしてません! その人の言ってるのはただの言いがかりです!」
「じゃあどうして⁉」
「落ち着いてください!」
芦田が二人の間に入る。
「……続けるぞ」
「樹里ちゃん、鶴居さんの気持ちも考えてあげて」
「興味ない」
理解はできる。だがそれを労わるという気持ちにはならない。
……今すぐに真実を露わにしたい。犯人のくだらない稚拙な悪意をグチャグチャに凌辱したい。そんな混沌のような感情を抑えることができない。
「お前は蓮華の遺体からカードキーを回収、一二三が現場を離れた隙にエレベーターで西塔に移動。そして百瀬を殺したんだ」
「そんな証拠あるんですか?」
「ない。だが、部屋で凶器として使った鈍器と刃物は見つからなかった。つまり、犯人はどこかに凶器を隠したはずなんだ。それはどこか……。宿泊客には絶対に見つからない場所、四階の鳩飼蓮華の部屋だ。しかしカードキーをそこに隠すわけにはいかない。つまり、お前の部屋か衣服を調べれば出てくるはずなんだ。双子のカードキーがな」
一二三が偽祥子に近づく。
「……失礼します」
そう言って左手で身体に触れようとすると、偽祥子はそれを払いのけた。
「はぁ、もう逃げても無駄か」
「あぁ、お前の負けだよ。二つの顔を持つ魔女」
表情が別人のように変わる。
そこには先程までの鶴居祥子はいない。これが彼女の本性だ。
「まずは自己紹介でもしましょうか。私はジェーン・ドウ、職業は……殺人鬼です」