13話 遊戯世界:Explosion
……轟音と共に、世界が一瞬光で塗りつぶされる。そして激しい揺れが響いた。
「一二三! 大丈夫か⁉」
受話器からはただ耳障りなノイズが流れ続ける。一二三の声は聞こえない。
窓の外を見る。一二三がいるはずの東塔、だが今はそれが粉々に砕け散っていた。
……先程の轟音と光、あれは爆発のせいだ。四階の双子の部屋にあった爆弾。きっと同じものが塔の至る所に設置してあり、設定した時間に爆破されるようになっていたのだ。
「あ、あぁ……」
膝から崩れ落ちる。
バラバラになった塔。あそこにいた一二三たちは……全員……。
そう考えると思考も粉々になり、そして私は床におもいっきり頭を打ち付けた。
★
「うわああああああああああぁぁぁ‼‼」
「ふふ、うふふ……。あはははははは‼」
遊戯世界。魔女が勝ち誇ったように私のことを嘲笑う。
魔女の足元にはバラバラになった一二三が転がっている。ガラス玉のような瞳が虚空を映している。
「私達の勝ちよ。予言は的中し、四条一二三は死んだ。もう貴女に謎を解く力なんてない」
「あぁ、確かに東塔が爆破されて中にいた人間が全員死んだのなら……、私の負けだ。だが……」
立ち上がり、魔女を睨む。
……一二三が死んでしまったとしたら、私の負けであることは事実だ。
「あら、負け惜しみ?」
「……違う」
誰かがこちらに歩いてくる音。東塔に人間がいたのなら、確かに全滅しているだろう。だがもし誰もいなかったとしたら……。
「な、なんで……」
魔女は狼狽えると足元の残骸を見た。残骸は塵のように細かくなり、風に舞ってどこかへ飛んでいく。
「なんでお前が生きているんだ……」
「さて、なんででしょう?」
「……私たちの勝ちだ。『双貌の魔女』」
現れたのは四条一二三。……勿論、本物の彼女が遊戯世界に入ってきたわけではない。だが、限りなく本物に近いと言っていい。
私は一二三がまだ生きていると信じている。その想いが形になったのがここにいる四条一二三だ。
未だに甘い希望に縋っているわけではない。……私は既に知っているからだ。二本の螺旋に眠る不平等な秘密を。
「まずはトリックの解説だな。第一の事件から順番にだ」
「蓮華さんと桔梗さんの双子がほぼ同時刻にエレベーターで殺されたんだよね?」
「……それがどうした。駒の私達は、私達が魔法で殺したのよ」
あくまで魔女は魔法の存在を主張する。だが、あれは人間の悪意による犯行だ。
「そもそも、私が見たのは鳩飼桔梗の遺体ではない。一二三が見たのと同じ蓮華の遺体だ」
「東塔と西塔で同じ遺体を……?」
「あぁ、塔の秘密を利用して鳩飼桔梗は妹の遺体を自身のものだと私たちに思い込ませたんだ」
「そんなもの存在しない! 私達は魔法でッ!」
「魔法なんてないんだよ、魔女。お前はその手で蓮華を殺して、更に顔を潰したんだ。万が一、私たちが遺体の正体を判別することがないようにな」
やったのは魔女ではなく、現実世界の桔梗なのだが、そこを一々気にしていたら話なんて進まない。それに、本物の桔梗は死んでいるのだから、この推理はただの自己満足だ。
「そして誰よりも早く犯人と塔の秘密について気づいた人間がいた。そいつはお前に罪を被せるため、もしくはただ快楽を満たすために百瀬を殺した」
「ってことはジュリちゃんが見つけた四階の遺体も……」
「あぁ、あの鳩飼桔梗の遺体も百瀬殺しと同じ犯人の可能性が高い。偶然か故意かはわからないが、恐らく桔梗は蓮華の遺体を運んでいたところを犯人に見つかってしまったんだ」
何故蓮華の遺体を運ぶ必要があったかはわからない。もしかしたら、エレベーターに妹を放置するのが忍びなかったのかもしれない。
だがどんな意図があったとしても、それを完遂した後犯人の手によって……。これが遺体が瞬間移動した謎の正体だ。
「来ヶ谷のことも、塔の秘密を利用して犯人が殺したんだ」
「来ヶ谷さんは自殺じゃないの?」
「……そう、あの娘は私達が手を下す前に勝手に死んだの」
「はぁ、お前らにもわかるように説明してやる」
自身の精神世界の存在だというのに……。思わずため息が出てしまう。
「毒薬の入った瓶は何故か私のバッグに入れられていた。勿論私は毒薬なんて持っていない。つまりあれは犯人が用意したものだ」
「違う、来ヶ谷自身が貴女のバッグに入れたのよ」
「わざわざそんなことをする必要なんてないだろう? 犯人は知らなかったんだ。私と来ヶ谷が部屋を交換したことを。鶴居伸二が四階に戻った後、双子の持っていたカードキーを使って侵入、無理矢理毒薬を飲ませたんだ」
彼岸花が生きていると考えていた時は、彼女がマスターキーを持っていると考えていた。しかし、実際は双子が持っていたのを真犯人が盗んだ可能性が高い。
「じゃあ犯人は、部屋の交換を知らない東塔にいる誰か……」
私は頷く。
まだ伸二が東塔に疑いを向けさせるためにわざとやった可能性が残っているが、だがその前に確認しなければいけないことがある。
花畑に転がるガラス玉を拾う。塵になって消えた偽一二三の残骸だ。
……偽物の四条一二三。しかし、偽物がいるのは遊戯世界だけではない。
「現実世界にも、これと同じように偽物がいる。誰かが成り代わっているんだ。それは……」
『僕はあまり乗り気ではなかったんですけど、妻がどうしてもと』
『部屋で横になっていたら、突然どこかから叫び声が聞こえたんです』
『写真は……』
『これです。いやぁ、若いなぁ……』
『これは地毛なのか?』
『えぇ、当時もよく聞かれたそうですよ』
『容姿を教えてくれ』
『いいけど……』
『おっとりした感じの黒髪の女性で、ここには旦那さんに誘われて来たんだって』
「犯人はあいつの可能性が高い」
「違うッ‼ 全て私達が……」
「もうお前への興味は失せた。さっさと消えろ」
現実世界へ帰るため、棺桶に入る。蓋を閉めようとした私の腕を一二三が掴んだ。
「でも、なんでこんな無茶したの? 脳震盪を起こしてまでここに来る必要あったかな?」
「……ふふ、あの魔女が悔しがる姿を見たかっただけの、ただの意地だよ」
自分でもここまで上手くいくとは思っていなかった。……起きた時、頭から血を流していなければいいのだが。
「……おやすみ、樹里ちゃん」
意識を浮上させる。
……なんとかクリスマス中に事件が解決できそうだ。多少、強引な方法になってしまうのだが。