12話 轟音
朝食を食べ、全員で消えた蓮華の遺体を探すが一向に見つかる気配はない。
まさか、樹里のいる塔へ誰かが移動させたのではないか。だがその方法も、意図もわからない。
「犯人はなんで蓮華さんを……」
答えの出ない問答を繰り返しながら、階段を何度も行き来する。
やけに長い階段を使って三階から二階のラウンジへ。そしてやはり何もないことを確認して一階のエントランスへ。
「あれ……?」
思わず立ち止まり、階段をジッと見つめる。
「やっぱり何か……」
二階と一階を繋ぐ階段。ここを通る時だけ感じる違和感。やけに長いはずの階段が、ここだけはあまり長くない。
「宮代さん、ちょっといいですか?」
「なんだよ」
ちょうどエントランスにいた宮代に声をかけた。
「ひとつお願いしたいことがあって……」
頼みに宮代がキョトンとした表情で私のことを見つめる。自分でも突拍子もないことを言ったのはわかっている。だが、これは塔の秘密に近づくために必要なことなのだ。
「お願いします」
「まあ、別にいいけど……」
渋々了解すると、彼は階段を上っていった。
彼の姿が見えなくなってから、私も階段を使って二階へ向かう。ただ上るのではなく、一段ずつ数えながら……。
ラウンジに着いてからしばらくして、宮代が下りてきた。
「何段ありました?」
「ったく、こんなことになんの意味があるんだよ」
宮代は一度悪態を吐くと、二階から三階の階段の段数を伝えた。
……私が数えた段数のほぼ倍。私の予想通りだ。そのことを教えると、彼も私の頼みの意図に気がついたようだ。
「……やっぱり」
「なんで……。どうして段数にここまで差が?」
「天井までの高さはほぼ同じ、床の厚さとかを考えたとしても、この差は明らかにおかしいですよね……? まるで間にもう一つ階層があるみたいに」
厨房からインスタントコーヒーを拝借し、二人分のコップにお湯を注ぐ。
用事は済んだが、もう少しだけ宮代と話をするためだ。
「……どうも」
「そういえば、もう一つ気になることがあるんですけど」
「今度はなんだよ」
温かいコーヒーを喉に流し込む。長時間の探索で冷えた身体が少しだけ温まるのを感じた。
「芦田さんとはどんな関係なんですか?」
車の中でした自己紹介の時に思ったが、宮代と芦田は初めて会ったような間柄とは思えない。まるで昔からの知り合いのように見えた。
「あぁ……。芦田と、それともう一人…死んだ百瀬は元からの知り合いだな」
殺された百瀬も宮代と知り合いだった。知り合いが三人も集まるなんて、偶然とは思えない。何かしらの思惑があったはずだ。
……もしかしたら、樹里はその辺りにも気づいているのだろか。肝心なことを彼女は教えてくれない。私を危険な目に会わせないように、そう考えると少しだけ寂しくなる。
もっと彼女の役に立ちたい。そのためにもこちら側の塔の証拠を集めなければ。心中で焦りが募っていく。
「昔は俺たちも結構やんちゃしててな、あんまり大声で言えないこともしてきたしな」
「芦田さんも?」
気弱そうに見えた芦田にも人には言えない過去があるのだろうか。まあ、数日しか会っていない人間が本質を掴めるわけがないのだが。
「あいつが一番えげつねぇよ。自分は最低限のリスクになるようにして、基本的には周りに全部やらせるんだ。俺と百瀬と祥子は何回あいつのせいで痛い目に会ったことやら……」
「祥子? もしかして、鶴居祥子さんも知り合いなんですか?」
「いや、このホテルにいるのは名前だけ同じ別人だよ。確か大学出てすぐ結婚して、名字が変わったとは聞いたけど……。まあ顔も違うしな」
「そっかぁ……」
今朝、芦田は自身の仕事を罪滅ぼしと言っていたが、あながち謙遜や誇張でもないようだ。
そして今この塔にいる鶴居祥子が宮代たちと無関係の人間ということは、彼らもしくは双子と関係している人間は、一二三側の塔にいる祥子の夫なのだろうか。
「俺たちも色々あって昔のことを反省してたからさ。三人一緒に招待されてきっと昔の被害者なんだと考えて、謝るために来たんだけど……。まさかこんなことになるなんて」
……反省。彼らはその二文字だけで自分の犯した罪を過去のものとして扱うことができる。
ただ、被害者は、あの双子はきっとまだ彼らのことを恨んでいただろう。だが、もうそれを調べる術なんてない。
死んでしまったらもう気持ちを伝えることも、知ることもできない。当たり前のことなのだが、私はあの島でその当たり前のことを痛いほど理解してしまった。
どんな思いで母は禁忌であると理解しながら私を産み、父は弱った身体で私をこの年になるまで育てたのか……。もう何も知ることはできないのだから。
●
調査の結果を樹里に伝えるために自室へ戻る途中、三階のエレベーターから鶴居が降りてきた。
よく殺人現場になったエレベーターを使えるなぁ……。そう心の中で呟いた。
「あ、祥子さん。蓮華さんの遺体見つかりました?」
「いえ……。もしかしたら、犯人が外に……」
「その可能性も否定できないけど……」
外へ出す理由、それがわからない。
「そういえば、祥子さんはなんでこのホテルに来たんですか?」
「夫に誘われて……、肝試しのようなものです」
このホテルに眠る秘宝と呪い。実際に事件が起きてしまった今、それが本当に存在するのか誰もわからない。
「じゃあ、私は部屋に戻りますね……」
「はい、また後で」
鶴居を見送り、私も部屋に戻る。
そして、すぐに樹里の部屋に電話をかけた。
『一二三か』
「うん、ちょっと気になることがあって調べたんだけど……」
倍ほどある段数の差、そのことを伝える。すると樹里は納得したように「やはり」と呟いた。もしかしたら何か解ったのだろうか。
『一つ聞いていいか?』
「何?」
『鶴居祥子の容姿を教えてくれ』
何故今そんなことを……?
「いいけど……」
私は鶴居の容姿を伝えた。おっとりとした黒髪の女性だと……。
『そうか、そういうことか……』
「えっ……?」
樹里は何かを理解した様子だが、私には何がなんだかわからない。
『きっと犯人は……』
そこで通話は途切れてしまった。耳障りなノイズが受話器から流れる。
そして轟音が鳴り響いた。何が起こったか私にはわからない。……ただ光だけが支配する。
……世界が光で塗りつぶされた。