11話 曼珠沙華②
鳩飼桔梗と蓮華は何者かに殺され、そして鳩飼彼岸花も過去に自殺していた。
つまり二本の塔に宿泊客以外の人間がいる可能性は極めて低くなった。ということは、犯人はこの中にいるということになる。
だが、どうやって……。
少なくとも、双子を殺したのは同一人物だ。恐らく、塔を行き来する方法を真っ先に気付いた人間がいる。そいつが百瀬殺しにも関わっているかは、今のところわからない。
次は四人目の犠牲者、謎の女性の正体についてだ。
鳩飼桔梗と蓮華の手首にはリストカットの傷痕が残っていた。だが女性の遺体にはその傷痕がない。つまりあの遺体は双子どちらのものでもない。まったくの別人だ。
「……いや」
私は一二三から死体発見の報告を受けた時、彼女の方の遺体が偽物なのではないか疑っていた。だがもし、逆だとしたら……。
「私が見たのは鳩飼桔梗の遺体じゃなかったとしたら……」
少なくともあれはれっきとした死体だった。死んだフリなどではない。そして宿泊客の誰かと成り代わることもほぼ不可能だ。
しかし、もしあの遺体が鳩飼桔梗ではなく蓮華の遺体だとしたら……。
なんらかの方法で桔梗が両方の塔で蓮華の遺体を見せていたとしたら。
「あの遺体の正体、あれは鳩飼桔梗の遺体だったんだ」
鳩飼桔梗は昨日の時点では生きていた。そしてこの部屋に隠れ、捜査する私たちのことを嘲笑っていたのだ。だが百瀬を殺した犯人に見つかり、彼女は殺されてしまった……。
「どうやって蓮華の遺体を……」
この推理には一つ大きな問題がある。
遺体を運びながら、どうやって二つのエレベーターの間を通ったかだ。誰かに見られるリスクもあるし、血痕が残る可能性だって高い。だが、桔梗は完璧にそれをやって見せた。
しかも一二三が最初に遺体を見つけ、次に私が発見するまでの間、どれくらいの猶予があったのだろう。……恐らく十分程度。
一二三が捜査を終えたタイミングで蓮華の遺体をエレベーターから運びだし、隣の塔のエレベーターへ移動させる。そんなことが可能だろうか。
それに、双子にとっても塔に閉じ込められたのは予想外の出来事だったはずだ。しかし桔梗が犯人だとしたら、彼女が私たちを閉じ込めたという矛盾が生じてしまう。
犯人が他にいたとしたら……。
そして二つの塔を行き来する方法……。
「片方しか動かないエレベーター……」
最初から覚えていた違和感。
「やけに高い塔」
それが塔の秘密だとしたら。
「長い階段」
あまりにも不平等な状況だ。
「まさか……」
一つの可能性にたどり着いた瞬間、扉が開いた。
「あ、赤崎さん……」
鶴居が怯えながら部屋に入ってきた。あまり刺激を与えないためにも、蓮華の遺体を近くにあった毛布で隠す。
「来ヶ谷は落ち着いたか?」
「それが、赤崎さんの部屋に閉じこもっちゃって」
「……私の?」
「はい。自分の部屋だといつ襲われるかわからないって聞かなくて」
犯人はマスターキーを持っている可能性が高い。部屋を変えたところで意味はないだろう。
きっと赤崎樹里は犯人に狙われないだろうと考えたのだ。
「まあ、私は構わないが」
別に見られて困るものもない。脱出するまでは彼女に貸し与えよう。
戸惑う鶴居と共に調査を再開する。できるだけ遺体の眠るベッドに近づけさせないようにさせ、本棚を漁る。
特に変わったものはないが、一冊だけ他とは違うものがあった。
「卒業アルバム、ですね……」
十数年前に発行された中学校の卒業アルバム。きっと鳩飼彼岸花のものだ。
ページをめくり、生徒たちの写真を見る。
「やはり三人と彼岸花は同級生だったんだな」
生徒一覧のページに見覚えのある顔があった。百瀬の中学生時代の写真だ。そして芦田と宮代の写真もあった。
「鶴居祥子の写真は……」
「これです。いやぁ、若いなぁ……」
鶴居が指差す。名前は亀山祥子、結婚して名字が鶴居に変わったのだ。
短く切られた髪にキリっとしたつり目、いかにも快活そうな少女といった雰囲気だ。
「これは地毛なのか?」
「えぇ、当時もよく聞かれたそうですよ」
「……そうか」
アルバムを本棚に戻し、改めて部屋を見渡す。すると部屋の隅に置かれた木箱が視界に入った。
「なんですかねあれ」
そう言いながら鶴居が箱の蓋を開けた。
「えっ……?」
「どうかしたのか?」
鶴居の後ろから箱の中身を覗き込んだ。……中に入っていたのはいくつもの爆弾だった。
……突如フラッシュバックする記憶。
大丈夫、あんなのただの夢だ。そう言い聞かせながら一つを手に取る。
「あ、危ないですよっ!」
「これがあれば、扉を壊して脱出できるな」
一個の威力がどれほどかはわからない。だが何個も用意しているのだから、少なくとも一個で塔が崩れ落ちることはないだろう。
「じゃ、じゃあ早くこのことを来ヶ谷さんに伝えなきゃ!」
そして鶴居は慌てて部屋から出ていった。私は爆弾を木箱の中に戻し、ため息をついた。
これで事件は終わる。犯人なんて見つけなくても、私たちの脱出で勝利だ。私はなんだかそのことにガッカリしていた。
「まあいい、これで一二三に会えるんだ」
塔の秘密なんて解き明かす必要もない。違和感もどうでもいい。
「うわああああああああああぁぁぁ‼」
突然、鶴居の叫び声が聞こえた。私は急いで三階へ降りた。
今は来ヶ谷がいる私の部屋の前で、鶴居が青ざめた表情で室内を見つめていた。
私も部屋の中を見ると、来ヶ谷が倒れていた。
口から泡を吹いている。……毒を飲んだのだ。
急いで脈を確認するが、既に事切れていた。
「もしかして、自殺……?」
鶴居が呟いた。
確かに状況だけ見るとそう考えるのが妥当だが……。
すぐに彼女が飲んだと思われる毒の入った瓶が見つかった。……だが、その見つかった場所が問題だ。
「何故ここから……」
瓶があったのは私のバッグの中。これが自殺だとしたら、来ヶ谷はわざわざ毒を飲んだ後に瓶をここに入れたことになる。
……違う。これは自殺ではない。
「そうか、解ったぞ」
「ぼ、僕はやってません!」
これが他殺なら、普通に考えると犯人は私か鶴居だ。だが違う。この殺人には塔の秘密が大きく関わっている。そして、もしかしたら他の殺人にも……。
「犯人は塔の秘密を利用して二本の塔を移動したんだ」