11話 曼珠沙華①
一二三との電話を終え、部屋を出る。朝食前にもう一度鳩飼桔梗の遺体を調べようと思ったが、またエレベーターは動かなくなっていた。
……やはり違和感がある。このエレベーターが動かない時、一二三側のエレベーターは動いている。逆もしかりだ。つまり一方のエレベーターが動くと、もう一方は停止する仕組みになっていると考えられる。
だがなんのためにこんな嫌がらせのような仕掛けを。
調査を諦め、ラウンジへ向かう。
重苦しい空気がラウンジを支配している。私は厨房から人数分のパンを拝借し、テーブルの上に置く。
「全員いますね……」
鶴居が私たちのことを不安そうに見つめながら言う。
「向こう側も無事だといいんだけど……」
「気になることもあるし、向こう側の人間と情報を共有した方がよさそうだな」
片方しか動かないエレベーターの謎、鳩飼桔梗のリストカット痕、そして鳩飼ヒガナの存在。確認しなければならないことは山ほどある。
勿論他の宿泊客の安否確認もあるが。一番の目的はそれだ。
「それで、今日はどうしますか?」
「私は脱出方法を探します。見つかるかわからないけど……」
「私は事件の調査だ。もしかしたら犯人が解ったかもしれない」
二人が驚愕の表情で私のことを見る。
「わ、解ったって本当ですか⁉」
「あぁ、まだ可能性の話だがな」
鳩飼ヒガナが生きているのなら、犯行の説明が可能だ。
来ヶ谷の顔が明るくなる。
だが、まだ犯人がヒガナだと確定したわけではない。私はただ甘い幻想を吐き出しているだけなのかもしれない。
「なら、早く食事にしましょう! 私、何か作ってきますね」
そう言って厨房へ走っていく。
そして朝食の後、私たちはそれぞれの目的のために解散した。
自室に戻り、一二三の部屋に電話をかける。幸い彼女はすぐに電話に出た。だが、なんだか様子がおかしい。
「どうかしたのか?」
『樹里ちゃん! 大変なのっ!』
一二三の叫び声が耳に響く。……まさか向こうで新たな犠牲者が。
そんなことを考えたが、彼女の口から発せられた言葉は私の残酷な想像を裏切るものだった。
『蓮華さんの死体が……消えちゃった!』
「……は?」
●
今朝もう一度調査するためにエレベーターを開いたら鳩飼蓮華の遺体が消失していた。塔をくまなく探したが、遺体は見つからない。
正確には探していない部屋が一つだけある。四階の蓮華の部屋だ。もしかしたら犯人が彼女のカードキーを使ってそこに運んだのかもしれない。
一二三の話を要約するとこうなるが、なんのために犯人は遺体を移動させたのだろうか。
もしかしたら、双子の部屋に何かヒントがあるのかもしれない。そう考えた私はいても立ってもいられず、すぐに部屋を出た。
相変わらずエレベーターは動かない。無駄に長い階段を上って四階へ行く。
「えっ……」
四階の廊下を進むと、何かが壁に寄りかかるように倒れていた。床には引きずられたような血の跡がある。
その顔は真っ赤に染まっている。……血だけではない。皮が破れ露わになった肉だ。
「ヒガナ、お前は何を考えているんだ?」
見覚えのある姿。だが、本当ならここにはいないはずの存在。
私の前に倒れていたのは、消えた鳩飼蓮華の遺体だった。
このことを知らせるために二人を呼ぶと、どちらも恐々とした表情で遺体を見つめていた。
そして来ヶ谷は限界が訪れたのか、叫びながら頭を掻きむしった。希望が絶望に反転し、心が折れてしまったのだ。
「もう嫌っ!」
「来ヶ谷さん落ち着いて!」
鶴居がたしなめようとするが、来ヶ谷は彼のことを押しのけ階段を駆け下りていった。
「すみません。そっちはお願いします」
そして再び私は一人になった。そっちの方が気楽だから構わないのだが。
……嘘だ。
「一二三……」
立ち止まってはいられない。早く大切な人と再会するためにも。
遺体には違和感がいくつかあった。まずは遺体の状態。
死因は後頭部への殴打。顔の損壊も同じだ。しかし、やはりおかしい部分がある。
丸一日放置されていたというのに、遺体は昨日とほとんど変わらない状態だ。そして死斑や硬直具合を見ても、まだ殺されてからそこまで時間は経っていないように思える。恐らく殺されたのは昨晩の深夜だろう。
……つまりこの遺体は昨日一二三が見つけた鳩飼蓮華の遺体とは別人ということになる。
そして手首の傷、蓮華にはあったはずのリストカット痕がこの遺体にはない。
じゃあこの遺体は誰なのか。
傷跡がない以上、蓮華そして桔梗の遺体でもないはずだ。つまり……。
「鳩飼ヒガナ……?」
ヒガナは昨晩誰かに殺された。そういうことになる。
鳩飼蓮華の遺体をどこかへ運び、何かをしようとした。だが、それを来ヶ谷か鶴居に見られ、返り討ちにあった。
こんな終わり方、納得がいかない。だが事件が全て終わったわけではない。ヒガナを殺した人間を探さなくてはならないし、塔を脱出する方法も見つけなくてはならない。
「はぁ……」
ため息をつき、桔梗の部屋の扉を開ける。昨日までは鍵がかけられていたが、扉はなんの抵抗もなく開いた。
……異臭。血とは別の臭いがする。
特に他の部屋とは変わりないが、異臭の原因はすぐにわかった。ベッドの上に寝かされた鳩飼蓮華の遺体だ。
理由はわからないが、鳩飼ヒガナは妹をこの部屋に運んだのだ。
机の上には週刊誌が置かれている。随分と古く、更に何十回何百回と読まれたのか、かなりボロボロになっていた。
表紙を見ると、この週刊誌は十数年前に発行されたものらしい。十数年前……、鳩飼ヒガナが襲われた年だ。
ペラペラとページをめくっていく。すると、あるページでめくる指が止まった。
『女子中学生の自殺』
そんな悪趣味な見出しの記事。しかし、そこに書かれている女子中学生の名前、それは私にとって信じられないものだった。
自殺したのは鳩飼彼岸花、当時中学三年生の十五歳。彼女は夏休み中に同級生の男三人から強姦被害を受けていた。だがこれといった証拠も見つからず、結局捜査は有耶無耶になり、彼岸花の泣き寝入り状態で終わってしまった。
それから彼女は不登校になり、そして卒業間近で、双子の妹たちと身体の弱い母親を残して自ら命を絶った。そう書かれている。
やはり、双子は復讐のためにあの四人をここへ呼び出したのだ。だが、その双子はどちらも何者かに殺された。私はそれを彼岸花によるものだと考えていた。だが、彼女は既に死んでいた。
だとしたらあの死体は。桔梗でも蓮華でもない三人目の女性は……。
「一体誰なんだ?」