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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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10話 復讐者

 ……時々なんのために働いているのかわからなくなる。


「おはようございまぁす……。あれ、来ヶ谷(くるがや)さんは?」


 誰も座っていない同僚のデスクを見る。


「あぁ、来ヶ谷ちゃんなら取材って言って朝一で出ていったよ」

「取材? お昼からですか?」


 来ヶ谷の専門はオカルト分野だ。あまり日中に取材で外へ出るイメージがない。


「なんかやばい場所らしいよ。陰謀論方面調べてたら偶然見つけたんだって」

「やばい場所…ですか?」

「詳しくは知らない。あんまり教えてくれなかったから」

「そうですか……」


 自分の書いた記事をなんとなく見る。

 典型的なゴシップ記事。本当に嫌になる。


 こんなことをしたくて、この出版社に入ったわけではない。

 勿論愚かな自分のことを拾ってくれた会社に恩義はある。僕が働いている理由の大半は罪滅ぼしだ。……それが偽善だとわかっていても。

 だが、僕の書いた記事で幸福になる人間なんていない。だから、働いている理由がわからなくなるのだ。


 スマートフォンが通知音を鳴らす。友人の宮代(みやしろ)からメッセージだ。


『今夜飯食いにいかないか? 百瀬(ももせ)も来るけど』

『わかった』


 会うのは何年ぶりだろう。中学卒業以来疎遠になってしまっていた友人との再会、本当なら心躍る出来事なのだが。


「はぁ……」


 了承したことをすぐに後悔してしまう。

 結局一日憂鬱な気分で、露悪的な仕事をする羽目になった。



 店に入ると、先に宮代と百瀬が席に座っていた。


「ひさしぶり!」

「……芦田(あしだ)の書いた記事、読んだよ」


 中学生の頃の顔から年相応に老けた顔立ちの二人がジョッキでビールを飲みながら、焼鳥をつまんでいた。

 僕も席に座るとすぐに店員を呼び、同じものを注文した。


「宮代は最近どうなの?」

「高校辞めてからずっとフリーター。俺も百瀬みたいに才能あったらなぁ」

「百瀬はまとめサイトの運営だっけ」

「……まあね。アフィリエイトでなんとか」


 会わなくてもスマートフォンで連絡をしていたので二人の近況はそれなりに把握していたのだが、やはり実際に会って聞くとみんな大人になったという実感が湧く。


「そういえば、亀山(かめやま)さんはやっぱり来ないの?」

「そもそも連絡先すら知らねぇよ……」

「……俺も」


 亀山祥子(しょうこ)、中学生時代によくつるんでいたグループの紅一点にして実質的な司令塔だ。彼女の命令で、様々なことを僕たちはしてきた。それは今も重い十字架となって僕の背中に乗っている。


「ってか、亀山じゃなくなってるんだろ? 結婚したなんてつい最近まで知らなかったんだけど」

「そういえばそうだっけ……。名字は何になったの?」

「……知らない」


 二人とも疎遠になってはいたが、それはお互いに忙しかったせいで、連絡自体は取っていた。だが、祥子は本当の意味での疎遠だ。中学卒業以来一度も会っていない。

 僕も彼女の結婚を知ったのは、宮代同様最近のことだ。


「ま、今更グループ全員が揃ったところで、何をするのやら……」

「はは……」


 宮代の言葉にか弱い笑いしか出てこない。

 ここにいる全員、そして祥子は昔とある罪を犯してしまった。もう被害者はこの世にいない。謝罪も償いもできない。ただ罪を後悔するだけ。


「おまたせいたしましたぁ」


 気の抜けた声で店員がジョッキとおつまみをテーブルに運んできた。


「とりあえず、今日は飲もうぜ」

「……そうだね」


 忘れたくても忘れられない過去。それから逃げるためには酒に溺れるしかなかった。

 そしてなんとか話題を変えて今夜は楽しんだ。次に会うのは何年後になるのか、なんて言いながら二人と別れた。この時の僕たちは、またすぐに再開することになるなんて微塵も思っていなかった。


 翌日、家に封筒が届いた。送り主は書かれておらず、消印のハンコもなく見るからに怪しい。

 中身を開くと、二枚の便箋と一冊の小さなパンフレットが入っていた。


 一枚はホテルへの招待状、パンフレットもそこのものだ。これだけなら何故僕にこれを送ったのかわからないが、もう一枚の方を見て、全てを悟った。


『お前たちの罪は消えていない。姉の仇は私達が取る。来なければあの映像のことを全てバラす』


 スマートフォンが鳴る。まさかこの脅迫状のようなものを送った犯人……?

 恐る恐る見ると、宮代と百瀬からだった。


百瀬:お前のところにもこれ届いたか?


芦田:うん……


宮代:あの脅迫状本物なのか?


芦田:でも、鳩飼(はとかい)ヒガナとあの映像のことを知っているのは……


百瀬:桔梗(ききょう)蓮華(れんげ)のガキだけだ


 ヒガナ……。その名を頭の中に浮かべるだけで、激しい頭痛と後悔に襲われる。今すぐここから飛び降りてしまいたい感情に身をゆだねそうになる。だが、寸前のところで思いとどまった。

 ……まだ、償いは終わっていない。いや、これは言い訳だ。ただ自分の身が可愛いだけの愚か者だ。



 朝のカフェ。昨晩会ったばかりなのに、表情は全員その時から一変していた。


「やっぱりあの双子が復讐のために……」

「三人に送られた以上、そうとしか考えられないだろ」

「……きっと祥子にも」


 ここにはいない女性のことを考える。彼女のことだ、きっとこんな脅迫状無視してしまうだろう。そうすればあの秘密はバラされてしまう……。

 ……こんな時に心配するのはやはり自分のことだ。


「なあ、このホテルってあの噂があるところじゃないか?」


 パンフレットを見ていた宮代が言う。


「……噂?」

「おいおい、ゴシップ誌の記者なんだからそれくらい知っておけよ」

「……ごめん」

「噂って呪われた秘宝があるってやつ?」

「あれ、百瀬も知ってるの?」

「……まあ、まとめサイトやってると信憑性はともかく、怪しげな噂は時々流れてくるからな」


 つまりその噂を知らないのは僕だけだ。少しだけ恥ずかしくなる。


「じゃあ、そこへ行って秘宝を見つければ……」

「そんなこと……、それにあの双子がこれを送ったならまずは謝らなくちゃ……」

「何を今更」


 百瀬が僕のことを突然睨む。


「何いい子ぶってるんだよ。俺たちはもう大罪人だろうが。謝ったって過去は何も変わらない。偽善者やってたいなら一人で勝手にしろよ」

「おい、流石に言いすぎだろ」

「事実だし、平気だよ……」


 同じようなことを、ここにはいない女性と同じ名前の人物に言われることになる。

 ……事実なのだから否定はできない。だが、心の中では身体中を引き裂かれたような痛みが走る。


 結局僕は断ることもできず、秘宝の噂を理由に来ヶ谷まで巻き込んでホテルに行くことになる。



「ほら、やっぱり生きていたんですよ!」

「そんな……」


 もぬけの殻と化したエレベーター。四条(しじょう)鶴居(つるい)曰く、ここには鳩飼蓮華の遺体があったらしい。

 だが、彼女は生きている。きっと百瀬を殺したのは彼女だ。


 双子は僕たちのことを恨んでいる。……復讐者が次に狙うのは、僕かもしれない。

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