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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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9話 盤上世界:テレポート

 起きてはまた寝てを繰り返していたら、いつの間にか朝になっていた。まだ睡眠を欲する頭を無理矢理働かせ、ベッドから起き上がる。どうせもう一度寝たところで、浅い睡眠しかできないだろう。


 結局蓮華(れんげ)の遺体を調べることができなくなったせいで、あれから何も捜査は進んでいない。

 ただ向こうでは何か発見があったかもしれない。私は樹里(じゅり)の部屋に電話した。


『そうか。こっちでは……』


 樹里からの報告を受ける。

 あちらでも死者が出た。……それも二人もだ。桔梗(ききょう)百瀬(ももせ)、これで犠牲者は三人だ。


「そっかぁ……。うん、こっちは大丈夫。気をつけてね」


 電話を切る。その直後に大きくため息をついた。


「本当に大丈夫なのかな……」


 どうしようもなく不安になる。

 きっと樹里は謎を解き明かすのに夢中になる。その隣に私はいない。無茶をしなければいいのだが……。

 グチャグチャになった感情を堪えることができない。


 ……ノック音。

 私は目を擦り、あくまでも自然を装って扉を開けた。


「あ、四条(しじょう)さん、おはようございます」

「無事で良かったです……」


 芦田(あしだ)鶴居(つるい)が安堵の表情で私のことを見る。


「おはようございます、えっと二人はどうして……?」

「あんなことがあったんですし、みんなの安全を確認しようって芦田さんが」

「はい。宮代(みやしろ)も無事でした。気分が悪いそうで、もう少ししたらラウンジに来るようです。……まあ、無理もありませんよね」

「じゃあ、こっちは全員無事なんだね」

「こっちは……?」


 どうやら二人は西塔で起きた事件のことを知らないようだ。

 私はできるだけ二人を刺激しないように、ある程度ぼかしながら樹里から聞いた情報を伝えた。


「そんな、百瀬が……」

「それに向こうでも従業員が殺されたってことは、一体犯人は……」


 鳩飼(はとかい)姉妹、そして百瀬の殺害は宿泊客の誰かが行ったことになる。

 別に姉妹が犯人ならよかったというわけではないが、やはりこの中の誰かが……。そうやって周りの人間を疑ってしまう。


「でも、犯人は西塔にいる人なんじゃないですか?」

「なら蓮華さんは誰が……?」

「あれは死んだフリなんですよ。それなら説明できます」


 芦田が自信満々な様子で言うが、流石にそれはない。昨日見た時、蓮華は確実に死んでいた。死んだフリなんてできないはずだ。


「私も見たけど、あれは亡くなっていましたよ……」

「あれぇ……。あはは、僕こういうの考えるの苦手で……」

「雑誌記者なのに?」

「記者と推理は関係ありませんよ。こういうのは来ヶ谷(くるがや)さんの担当でしたし」

「じゃあ芦田さんの担当ってオカルト分野なんですか?」


 鶴居が芦田に真顔で聞く。

 UFO、UMA、幽霊に超能力。思わず鼻で笑ってしまいそうな、本当に素面(しらふ)で書いているのか疑ってしまうような記事。それを芦田が書いていると思うと……、こんな状況なのに笑みがこぼれそうになる。


「いえ、それも僕ではないです。僕が書いているのは、芸能人のスキャンダルとか議員の汚職とか、そういう方面ですね」

「それはそれで信憑性のないやつだなぁ……」

「まあ否定はしませんけど……」


 芦田は頭を掻きながら笑う。

 正直に言うとそういった記事を書く人間にあまり良いイメージはない。祖母と彼女に救われた人間を追い込んだ記者を、私は一生許さないだろう。その記者も今は仕事を辞めているどころか、もう既に亡くなっている可能性だってあるのだが。


「良くないイメージがあるのは確かですけど、僕は本気で今の仕事をやっているんです」


 打って変わって真面目な顔をして言う。

 どうやら、彼には彼なりの矜持というものがあるようだ。


「ジャーナリスト魂ってやつですか?」

「そんな褒められるようなことじゃありませんけどね……。ただの罪滅ぼしです」

「罪滅ぼし?」

「はい……。学生時代の僕は本当にダメな人間でした。たくさんの人に迷惑をかけてきました。今の出版社に拾ってもらわなかったら、どうなっていたことか……」


 それで会社への恩返しなのだろうか。……立派な人間だ。

 私にはそんな思想持てない。心の中にあるのはただのエゴ。樹里の隣にいたい、ずっと彼女にとって特別な存在でありたいという独占欲だ。


「……だから?」

「え?」


 急に鶴居が冷たい声で言った。その表情は、先程までの彼女とはまるで別人のように思えた。


「そんなの、ただいいことをしている自分に酔っているだけ。そんなことしたって過去は変わらない。迷惑をかけられた人間はいつまで経っても、その被害があった事実は変わらない。あんたはそのことから目を逸らしているだけ」

「そ、そんなに言わなくたって……」

「いえ、祥子(しょうこ)さんのおっしゃる通りです。確かに、目を逸らしているだけなのかもしれませんね」


 過去は変わらない、それは事実だ。

 どんなに目を逸らしたところで、父が死んだこと、島で起きた事件のこと、そして恩師が起こした殺人、そんな過去はずっと事実として私の背に乗り続ける。

 私は十字架をずっと背負いながら生きていかなければならない。


「あっ、すみません。偉そうなこと言ってしまって……」

「大丈夫です。事実ですから……」

「と、とりあえず朝食に行きましょう!」


 空気を変えるために、できるだけ明るく提案する。

 芦田は頷いたが、「その前に」と言ってエレベーターにカードキーをかざした。


「僕も確認させてください。見ていない以上、間違っているのは二人で、蓮華さんは死んでいない可能性だってあります」


 ……樹里ちゃんみたいなこと言うなぁ。


 そんなことを思いながらエレベーターの扉が開くのを眺める。中には蓮華の遺体が……、ある…はず……。


「……え?」


 エレベーターには血の跡しか残っていない。肝心の遺体がいなくなっている。


「ほら、やっぱり生きていたんですよ!」

「そんな……」


 確実に彼女は死んでいた。だが、だとしたら誰がどうやって……。

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