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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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8話 遊戯世界:Teleport②

 目の前でニコニコと笑い続ける女から目を逸らす。

 その姿は最愛の人間と同じ、美化も劣化もしていない姿。そのせいで余計に私の感情が苛立ってしまう。


「はぁ……。次は第二の事件だ」


 深呼吸をして一旦感情をリセットする。

 そんな私を不思議そうに見る偽一二三(ひふみ)を無視して思考を続ける。


「ヒガナが犯人だとすれば、犯行は簡単に説明できる。恐らくヒガナの持っていたカードキーにはマスターキーの役割があった。それで自分だけ塔入口の扉を開けることができる状況を生み出したんだ。そしてマスターキーを使って百瀬(ももせ)宗太(そうた)の部屋に入り殺したわけだ」

「じゃあ、何故駒の私達の遺体からカードキーが無くなっていたの?」

「……犯人が宿泊客の中にいると私たちに思い込ませるためだ」


 何もおかしくはないはずなのに、どうしても違和感を覚えてしまう。

 本当にこのためだけにヒガナは妹である桔梗(ききょう)蓮華(れんげ)を殺したのか……?


「それとも、まだ何か秘密が……?」

「秘密って?」

「……うるさい、お前は黙ってろ」


 偽一二三が悲しそうな顔をする。本人と全く同じ表情が私の心に棘となって刺さる。

 偽物の癖に……。一二三と同じ顔で私のことを見るな。一二三と同じ声でしゃべるな。そう考えると無性に腹が立つ。


「ちっ……」


 思わず舌打ちをしてしまう。


「本当に百瀬宗太殺しはヒガナがやったのか……?」

「あら、貴女がそう言ったんでしょ?」

「そうだが……」


 双子殺しと百瀬殺し、どちらも死因は硬いもので後頭部を力強く殴られたことによるものだ。だが演出の方法が違う。

 双子の顔は潰されていた。恐らく凶器に使われたのと同じものを使って行われている。しかし百瀬の遺体は鋭利な刃物で腹を引き裂かれていた。

 勿論どちらも悪趣味で残酷だと言ってしまえばそれまでだ。それでも違和感がある。


 それなら、誰に犯行が可能だったのか。

 もしヒガナが犯人じゃないとすれば、百瀬殺しが可能だったのは二人だ。

 一緒に泊まっていた来ヶ谷(くるがや)伸二(しんじ)。普通に考えれば犯人はどちらかということになる。


「でも、あの二人にそんなことできたのかなぁ」

「……あぁ、それは私も思ったが、人間の本性なんて本人にしかわからない。来ヶ谷と鶴居にも犯行が可能だ。ならその可能性を捨てるわけにはいかない」


 本性なんて本人にしかわからない……。どんな人間にも裏の顔を持っている。それを私は何度も見てきた。

 視野を狭めれば真実にはたどり着けない。ヒガナという可能性の一つに囚われていれば、足元を(すく)われるだろう。

 とりあえず現状は第一の事件と第二の事件を別件と捉えるべきだ。


「だが、動機が……」

「鳩飼ヒガナさんの動機って……、きっと復讐だよね?」

「そうだ。来ヶ谷と鶴居には動機がない。……勿論、秘宝を独り占めしたいとかいうくだらない可能性もあるが」

「でも、秘宝は罠だったんでしょ?」

「……その可能性が高いだけで、まだ完全に否定したわけではない。それに二人はまだ秘宝の存在を信じているだろうしな」


 やはり情報が足りない。明日になったら本物の一二三と情報のすり合わせをする必要がある。あちら側のことをもっと知らなければ。


「あら、もうおしまい?」

「あぁ……。これ以上ここにいたところで、更に不快になるだけだ」


 椅子から立ち上がり、棺桶に戻る。中を花で敷き詰められた棺桶。……悪趣味だ。


 偽一二三の身体が溶け、また黄金色の駒に戻っていく。


「おやすみ、ジュリ」


 目を閉じる。意識はゆっくりと現実世界へ浮上する。

 こうして地獄のようなクリスマスイブが終わった。



「ククク、まだ塔の本当の秘密には気づいていないようね……」


 吸血鬼がいなくなったはずの遊戯世界。だがもう主は赤崎(あかさき)樹里(じゅり)ではない。今の主は魔女だ。

 紅茶を啜り、一人で笑い続ける。

 そして黄金の騎士の駒を握りつぶした。駒の欠片から赤い液体が流れる。


「足りないのは私達も同じね。あの子の魂を溶かすには、まだ欠片が足りない」


 吸血鬼に見せた予言。四条(しじょう)一二三の死によって魔女の計画は完成する。


 だがこの時、砂時計から落ちていく一粒の刻の間に、魔女にとっても予想外のことが起きていたことを、今は誰も知らない。



 誰もが寝静まっている時間。本当ならこれから私達が計画を始動させる予定だった。

 だが、誰よりも先に塔の秘密を解き明かした人間がいる。しかもよりにもよってあいつが。


 予想外だったが、あいつを泳がせておけば計画は楽に進むだろう。

 笑いを堪えながら私達は部屋を出た。


 ……鈍い痛みが走る。


「……は?」


 額から血が流れる。手加減をしたのか、傷と痛みはそれほどでもない。

 目の前に立つ犯人を見つめる。

 次はないと言いたげな様子で鈍器を構える。


「あーあ、こっちもバレちゃったか」


 肩をすくめておどけるが、犯人の表情は変わらない。きっと私達を殺すつもりなのだ。

 ……まだ死ぬわけにはいかない。

 死ぬのは全てを見届けてからだ。


「私達もアナタのことは絶対に言わない。だから殺すのは最後にしてくれない? お礼にアナタの望むことならなんでもしてあげるから」


 犯人の手に触れる。そして媚びた声を出しながら犯人に縋る。


「──相手は妹としか経験ないけど……」

「……黙れ」


 突き放され、そしてまた顔に鈍器を叩きつけられる。

 口内で出血したせいで、血の味が舌に広がる。


「お願い、許して……」


 犯人の足元に縋りつこうとするが、その瞬間に後頭部へ最後の一撃が振り下ろされた。

 ……そこで私の意識は暗い闇の底へ落ちていき、二度と浮上することはなかった。


 最後に考えたのは、愛しい妹のこと。

 ……あの子も、こんな痛い思いをして死んでいったのだろうか。計画上仕方ないとはいえ、やはり彼女も最後は後悔してたのだろうか。もうそれを知る術なんていない。


 いや、知る必要なんてない。私達はこれでやっと一つになれるのだから……。



 血痕を拭きとり、遺体を適当な場所へ捨てる。

 後は部屋に戻るだけだ。


 遺体からカードキーを抜き取り、私はその場を後にした。

 明日の朝が楽しみだ。これを直接見ることができないのだけが残念なのだが。


 探偵はまだ秘密に気づいていない。

 この不平等な螺旋に渦巻く三つの秘密を。


 こうして()()()の呪いが完成した。

 ……あと私を含めて()()だ。

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