8話 遊戯世界:Teleport①
いつものように棺桶の蓋を開け、外へ出た私は言葉を失った。
遊戯世界の景色は前回とは一変していた。今までは崩れかけの古城の大広間のような場所だったはずなのに、私が今いるのは花畑の真ん中。この世界の主が私から魔女に移った証拠だ。
その中にポツンと置かれているテーブルと、椅子が二つ。その一つに黄金の髪をなびかせた女性が座っていた。
「おはよう、吸血鬼さん」
「……お前はどっちだ?」
双子に似た顔の女性、『双貌の魔女』が歪んだ笑みを浮かべる。
「私達は鳩飼桔梗、蓮華の真なる姿。盤上世界の駒に意味なんてないの」
「違う。お前は私の心が生み出した存在、ただの幻想だ」
……いや。
『幸運の魔女』である赤崎サチヱを模した女性も妄想のはずだった。だが、彼女には自我のようなものがあった。
……孫への親愛のような感情。
俯瞰島での事件でした最後の会話。その時のことを思い出すと、もしかしたら遊戯世界の住民に自我はあるのではないか。そう思い込んでしまう。
思考を振り払い、今は謎に集中をする。
「まずは第一の事件。双子を殺したのは同一人物だ」
「そう、私が殺した」
「は……?」
脳が理解を拒む。遊戯世界にいる魔女が現実世界の人間を殺した……? そんなの不可能だ。
「もう駒の私達はいらないから、魔法で殺したの」
「お前、何言ってるんだ……?」
「私達が使ったのは簡単な瞬間移動の魔法、それで閉ざされた二つの塔を行き来したの」
話にならない。あの老婆とは違う。『双貌の魔女』は正真正銘、私の敵だ。彼女は私を真実にたどり着かないようにしている。
「瞬間移動なんて存在しない。犯人はなんらかの方法を使って二つの塔を移動することができたはずだ。決して魔法なんかじゃない」
「なら、どう説明するわけ? どうやって人の子が二つの駒を殺すことができるの?」
それがわからないから困っているのだ。
きっと魔法なんて言っているのは、私のことを更に混乱させるためなのだろう。
「一二三が見た鳩飼蓮華の死体は偽物だった。それで誤認させた後、蓮華は私たちのいる塔へ移動。そこで何者かに殺された」
一二三を信じていないわけではない。だが、私は蓮華の死体を見ていない。ただ聞いただけだ。
勘違い、伝達ミス、直接見ていないだけでどれだけの情報漏れが生まれるかわからない。
死体を偽装する方法、例えばゴムボールのようなものを脇に挟む。すると脈が一時的に止まるのだ。ミステリー小説などでよく使われる手法だ。
だが、顔は……? 人相が判別できなくなるほど徹底的に壊された顔。脈の偽装どころの話ではない。
特殊メイクを使ったとしても流石に至近距離で見られたら偽物とバレるだろう。ゴムボールで死体を偽装するならただ倒れているだけで十分だ。そんなことをする必要はない。
……やはりこの推理は無理があるな。
「あの時、駒の私達も閉じ込められた状況は予想外だったはずでしょ?」
あの時の反応。確かにあれが演技だとは思えない。
なら閉じ込められたのはなんらかのアクシデント、もしくは別の誰かの思惑……。
「そうか……」
双子に犯行は不可能だった。だが、姉妹になら……。
「鳩飼ヒガナ……」
「……そんな子、私達は知らない」
私は自然とヒガナが死んでいる、もしくはここにはいないと思っていた。だが、彼女が生きて今も塔のどこかにいるとしたら……。
「双子が死んで、あの塔には宿泊客である私たちしかいないと思い込んでいた。だがそれが罠で、実は鳩飼ヒガナが生きていたんだ」
「……それで?」
「きっと私たちを閉じ込めたのはヒガナだ。そして彼女だけが持っている鍵で二つの塔を出入りした。これなら犯行が可能だ」
「そのためだけに姉妹を二人も殺したわけ?」
「あぁ、それほど奴の恨みは深かったわけだ」
……本当にそれだけで家族を殺せるのか?
いや、私は知っている。自身の妻を殺した男のことを。
数ヵ月前に起きた島での事件。そして数週間前、駐車場で秘密裏に起きた事件。
……理由があれば、相手が誰であろうと関係なく殺せるのだ。それを私は嫌というほど知ってしまった。
「……動機は復讐。正確にはそのための準備として殺されたわけだ」
「第二の事件、百瀬宗太殺しね?」
「あぁ、ヒガナが狙っていたターゲットの内の一人、残るは芦田、宮代、そして鶴居祥子だ」
十数年前に撮られた最悪の映像。あれが犯人の動機だとしたら、残りのターゲットはこの三人。
……全員一二三側の塔にいる人間だ。
「起きたところで、もう貴女に私達の犯行は止められないわ。魔法で瞬間移動する私達を貴女は見ることすらできない」
「いや、お前に犯行は不可能だ。百瀬が殺されたことが伝われば、残りのターゲットたちは犯人が鳩飼ヒガナで、次に狙われるのが自分だと嫌でもわかるはずだ。もう秘宝なんて探している場合じゃない」
そもそも、秘宝と呪いも彼女の作りだした罠、恐らく脅迫状が効かなかった時の保険だ。
秘宝の話を聞いた時の百瀬の反応を思い出す。どうやら彼はその保険にまんまと引っ掛かってしまったようだ。
「……あぁそうだ、忘れてた」
魔女が指でチェスの駒を弾く。
……黄金色の騎士の駒。それが姿形を変え、人の形になっていく。そしてそれは、……見慣れた大切な人間に……。
「……一二三?」
「うん。やっと会えたね、樹里ちゃん」
……違う。彼女は一二三ではない。似た顔をした誰かだ。
「助手が必要でしょ? そう思って用意したの」
「……要らない」
もはやなんでもありだ……。そう心の中でぼやいてしまう。
『双貌の魔女』の目的、それは私の心をゆっくりと蝕み、最後には粉々に砕くつもりなのだ。
彼女が予知と言って見せた映像、一二三の死を実現させることによって……。
そして、一二三の顔をした誰かがニコリと笑った。
「よろしくね! 樹里ちゃん」