7話 ツガイ③
ラウンジで解散した後、一人で百瀬の部屋に入る。
椅子に座ったまま事切れた彼の前で手を合わせ、そして遺体を調べ始めた。
腹の派手な傷に騙されそうになるが、死因は恐らく双子と同じだ。後頭部にある殴られた跡がそれを示していた。
つまり犯人はこの悪趣味な演出をするためだけに百瀬の腹を引き裂いたということになる。
「狂っているな」
思わず本音を口ずさんでしまう。だが、狂っているのは私も同じだ。
百瀬の遺体から、特に証拠になりそうなものは何も見つからない。ズボンの尻ポケットに百瀬自身のカードキーが入っていたくらいだ。
鶴居が遺体を発見した時、部屋の扉は開いていた。果たして犯人は鍵がかかっていない扉を開けて百瀬を殺したのか、それともなんらかの方法で鍵を開けて侵入したのか……。
「こんなところか。次はこっちだな」
血で汚れたビニール手袋を外し、新しいものをつける。
次はベッドの隣に置かれていたバッグを調べることにした。荷物を一つ一つ取り出していく。着替え、充電器、ビデオカメラ……。
「ビデオカメラか……」
少し古いタイプのハンディカメラ。旅行に来ているのだから別におかしくはないのだが、何か違和感がある。
そしてバッグの奥に百瀬のスマートフォンがあった。圏外で必要なかったのだろう。
電源を入れると幸いなことに、パスワードは設定されていなかった。
アルバムを開いたが特に写真や動画は撮影されていない。やはり撮影はビデオカメラで行っていたのだろうか。
次にメッセージアプリを開く。すると、芦田、宮代の二人との会話のログがあった。
宮代:あの脅迫状本物なのか?
芦田:でも、鳩飼ヒガナとあの映像のことを知っているのは……
百瀬:桔梗と蓮華のガキだけだ
「ヒガナ……?」
見覚えないの名前。だが、鳩飼という姓、そして桔梗と蓮華の名前も出ている以上、きっとあの双子の関係者だ。
そして脅迫状……。この三人も私のようにあの双子に脅されて、ここに招かれたのだろうか。
ビデオカメラを見る。もしかしたら、ここに何かのヒントが……?
電源を入れる。すると映像の記録が一つだけ残っていた。
記録を見るとこれは十数年前に撮影された映像、私はそれを何も考えずに再生してしまった。
『やめ…やめてっ!』
女性の声。そして複数人の男の笑い声が聞こえる。
撮影場所はどこかの森だ。
画面の中央には、怯えた表情で必死に逃げる学生服の女性が映っていた。金髪の女性、その顔は桔梗と蓮華にそっくりだった。きっとこの女性が件のヒガナなのだろう。
しばらくヒガナは逃げていたが結局追いつかれ、地面に押し倒された。
そして彼女は撮影者とは別の男二人に両腕を押さえられた。必死に抵抗するが抜け出すことはできない。
『へへっ、もっと抵抗しろよぉ』
品のない声、そして画面が激しく揺れた。
布が裂かれる音。揺れが落ち着くと、涙で顔をグチャグチャにしている半裸のヒガナが露わになった。
撮影者の男の腕が映り、彼女の下着を無理矢理脱がせる。
『誰か来る前に、さっさと済ませてよね』
映像には映っていないが、女性の声が聞こえた。
撮影者の男と取り巻きの男二人、そして遠くから男たちを眺めている女一人。ヒガナを襲っているのは最低でもこの四人だ。
男たちはヒガナと同じように全員学生服を着ている。そして顔はまだ幼い、きっと年齢は十代前半、中学生だろう。
私は大きくため息をついた。
「なるほどな……。くだらない」
ビデオカメラの電源を切り、ベッドへ無造作に投げた。
あの後の展開は見なくてもわかる。そして男たちの声の正体も。
鳩飼ヒガナは百瀬、芦田、宮代の三人に襲われ、そしてその後恐らく……。
そう考えると、百瀬を殺す動機があるのはあの双子だ。
ヒガナを襲った三人への復讐。だから彼女たちは脅迫状を送ってまでここへ呼んだのだ。
「だが、なら双子は何故死んだんだ……?」
心中だとしてもあんな方法を取る必要なんてない。そもそもまだ三人のうち百瀬一人しか殺していない。
そして閉じ込められた時の反応、あれも別の人間が行った可能性が高い。
「赤崎さん、何を……?」
入口に鶴居が立っていた。青ざめた顔をしながら私のことを見つめる。
「ちょうどいい、これを見てくれ」
私はビデオカメラを手に取り、もう一度あの映像を再生した。
困惑と恐怖が混ざり合った表情で鶴居が映像を見る。
「こ、この女性は……?」
「恐らくあの双子の姉妹だ。お前はこれに見覚えがあるか?」
「まさか……。こんな酷いこと、僕にはできません……」
百瀬と鶴居は明らかに年が離れている。少なくとも学生時代の百瀬たちと接点があったとは思えない。
しかしどんな可能性も否定することはできない。念のため、私は確認をした。
「ただ、もしかしたら……」
「なんだ?」
「多分なんですけど、妻の祥子が百瀬さんと知り合いだったみたいで。そしてあの双子とも……」
「双子とも?」
「はい。ここへ来る時、同級生から招待されたと言っていたので」
同級生からの招待……。それが双子のことだとしたら、百瀬、芦田、宮代、そして鶴居祥子が繋がっていたことになる。少なくともこの四人には取材や肝試し以外の目的があったのだ。芦田の同僚の来ヶ谷と、祥子の夫である鶴居伸二はそれに巻き込まれた可能性が高い。
「そういえば、向こうの塔にいる祥子には電話したのか?」
「いえ、何回か電話したんですけど……」
「出ないのか?」
「はい……。叫び声のこともありますし心配で……」
叫び声。鶴居しか聞いていない謎の声。これを誰がどこで発したのか、まだわからない。
「とりあえず、今日はここまでにするか」
「明日も調べるつもりですか……?」
「当たり前だ」
鶴居を押しのけ、部屋を出る。
まだ情報が足りない。……いや、もしかしたら何か見逃しているのかもしれない。
『私達の出番かしら?』
「……うるさい」
「えっ?」
「お前じゃない」
魔女の声が脳内に響く。
見逃している情報、それを落ち着いて整理するためにはあの世界に行くしかない。今は魔女に乗っ取られているとしても、私の数少ない居場所だ。
自室に入りベッドに倒れる。
意識はゆっくりと現実世界から夢の世界へ落ちていく。
明日はクリスマス。それなのに私は一体何をしているのだろう。
叶うのなら明日こそ、一二三と直接会いたい。全ての謎を解き明かした後に……。