7話 ツガイ①
少しだけ時間は遡る。
時刻は昼過ぎ、私は東塔の探索をしていた。
電話中に倒れた樹里のことは心配だが、このホテルに閉じ込められている以上、彼女のいる西塔へは行くことができない。
今は彼女の無事を祈りながら、どこかに秘密の抜け道がないか必死に探した。
休憩しつつ探索を続けたが、結局何も見つからず、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
……せっかくのクリスマスイブなのに、私は何をしているんだろう。
軽い自己嫌悪を感じつつ、私は他の宿泊者に成果を報告するためにラウンジへ降りた。勿論成果なんて何もないのだが。
ラウンジには重い空気が広がっていた。無理もない。いきなりこんな場所に閉じ込められてしまったのだ。……恐らく全員碌な成果はないのだろう。
「外への出口……、どこにあるんですかね」
「あったらわざわざこんなところでダラダラしてねぇだろ……」
鶴居の言葉に対して、宮代が苛立ちを一切隠さずに彼女のことを睨んだ。鶴居は畏縮した様子で「すみません」と繰り返し呟いた。それが更に宮代の神経に触れたのか、彼はコップに入った水を一気に飲み、コップを机に勢いよく叩きつけながら立ち上がった。
「えっと、どこへ……」
「部屋に戻るんだよ。ここにいても仕方ないだろ」
そして宮代はエレベーターの前に立ちカードをかざす。だが、エレベーターは来ない。
「クソッ!」
彼は一度エレベーターの扉を殴り、そして階段の方へ行ってしまった。
「四条さんと芦田さんは何か見つけましたか……?」
「いえ、私は何も……」
「僕もです……」
この場にいる全員が大きくため息をつく。きっと西塔の宿泊者たちも、似たような状況なのだろう。
「それにしても、蓮華さんどこに行ったんだろう」
もう夕食の時間。だが一向に蓮華が食事を持ってやって来る気配はない。厨房を見たが料理をした形跡もない。
「もしかしたらまだ出口を探しているのでは?」
「そうかもしれませんね」
芦田の想像に私と鶴居が頷いた。おっとりとした性格をしている蓮華のことだ。時間を忘れ、どこかで出口を探している可能性も否定できない。
私たちは手分けして彼女のことを探すことにした。やはりエレベーターは動かない。私は階段で一階へ降りた。
「あれ……?」
二階と一階を繋ぐ階段。それに何か違和感を覚える。三階に行く時はもっと段数が多かったような……?
「って、こんなことしてる場合じゃない! 蓮華さぁん!」
エントランスを探すが誰もいない。
「もしかしたら四階かなぁ」
四階には蓮華の部屋がある。そこに彼女がいるのかもしれない。だが、そこまで階段で行くのはあまりにも億劫だ。
エレベーターを見る。……物は試しだ。私はエレベーターにカードをかざした。
するとあっさりとエレベーターが開いた。
「え……?」
思わず声が漏れてしまった。
鳩飼蓮華、謎の多い双子の一人。彼女たちには何かの目的があって樹里のことを呼んだはずだ。だが、何故……。
「どうかしたんですか?」
一階にやって来た鶴居がエレベーターの中を覗こうとする。
「見ちゃダメッ!」
彼女のことを制止しようとしたが遅かった。
「いやああああああああああぁぁぁ‼‼」
目の前の惨状に鶴居が悲鳴を上げる。
エレベーター内の壁に飛び散る赤い液体。そして床に倒れているのは……。
「蓮華さん……」
倒れているのは双子のどちらかわからない。だが、私には判別することができる。
手首のリストカット跡、あれは間違いなく蓮華だ。
鳩飼蓮華、彼女は誰かに殺された……。
●
「なんだよこれ……」
「あ、あぁ……」
一階に来た芦田と宮代が惨状を目の当たりにして、怯えと恐怖を隠しきれていない様子だ。
私は蓮華の遺体に近づき、彼女の身体に触れた。
わずかに体温を感じるがそれと同時に無機質な死というものを嫌でも感じてしまう。彼女が死んでから、恐らくまだそれほど時間は経っていない。
「ひっ……」
うつ伏せに倒れていて蓮華の顔が見えなかったが、むしろ見ない方が良かった。
ひしゃげた鼻。飛び出した眼球。粉々になった歯。
蓮華の綺麗な顔は何度も鈍器で殴られたのか、潰れてグチャグチャになっていた。
後頭部にも殴られた跡がある。きっとこれが彼女の死因だろう。つまりこの顔は死後に犯人がやったのだ。……徹底的に。
だが、何故そんなことをする必要が?
「これじゃ誰だかわかんねぇな」
「もしかしたら、蓮華さんはまだ生きているんじゃ……」
蓮華の遺体の惨状、これを行った理由として推理小説などで見かける顔のない死体を使った生者と死者の入れ替えトリックが考えられる。
例えば、私たちを塔に閉じ込めた犯人が双子姉妹だとしたら。私たちは双子姉妹のことを疑っていたが、死体を偽装することで私たちの目を欺き、その後は自由に犯行が可能になる。
「でも……」
しかし私はこの遺体が蓮華のものであると、リストカットの痕を見て確信している。
「あれ……?」
そんなことを考えながら蓮華の遺体を調べていると、あることに気づいた。
「どうかしましたか?」
「カードキーがない」
エレベーターの操作、そして部屋の開錠。それにはカードキーが必要だ。それは蓮華も変わらないはず。だが、彼女のカードキーがどこにも見当たらない。
「誰がなんのために……?」
「もしかして、この人のカードじゃなきゃ開かない場所があるってことですか?」
その可能性は否定できない。
「多分、犯人はこいつの部屋に秘宝のヒントがあると思ったんじゃないか?」
「とりあえず、エレベーターはこのままにしておきましょう」
「……そうですね」
鶴居の言葉に頷く。
私は探偵なんかじゃない。もしかしたら、ここに樹里がいたら真実をたちまち解いて見せたのだろうか。
……そんなこと考えちゃダメだ。
後ろ向きの思考を振り払い、私は部屋に戻るとすぐに樹里の部屋に電話をかけた。
私に彼女のような力はないが、少しでも手伝うことができれば。私はそう願った。