6話 螺旋に眠る秘宝③
私たちはこのホテルに閉じ込められた。その犯人、そして目的はわかっている。
……あの双子だ。きっと謎を生み出すために、逃げられないような状況を作りだしたのだ。
だが、何故……。目的はわかっても、その真意がわからない。
こんな状況、真っ先に双子が疑われる。そうすれば計画は破綻してしまう。ならば、私たちを閉じ込めるのは最初の犯行を終えてからの方が良いのではと考えてしまう。
「どうかされましたか?」
するとエレベーターから何食わぬ顔で桔梗が降りてきた。
「これはお前がやったのか?」
私は閉ざされた入口の扉を指差す。勿論彼女の仕業だと確信しているが、彼女自身の口で犯行を認めさせなければいけない。
桔梗が扉に触れる。だが私の予想と反して、彼女の顔はドンドン青ざめていく。
「そんな、どうして……」
「私たちを閉じ込めるために鳩飼蓮華と協力してこれをやったんだろ?」
「そ、そんなことっ!」
フロントに設置されている電話を取り、どこかへかける。きっと蓮華のところだ。
「蓮華⁉ 実は……。えっ、そっちも?」
やはり逆側の塔も入口が開かなくなったようだ。
しかし、桔梗の様子はどうにもおかしい。まさか、本当にこの状況を生み出したのは彼女たちではない……?
そして桔梗が電話を切る。
「きっと誰かが秘宝を独り占めにしようと……」
「そんな……、別に私は秘宝なんて」
来ヶ谷が恐怖で身体を震わせる。流石にもうオカルトにはしゃぐ余裕はなさそうだ。
犯人の目的が、本当に存在するかもわからない秘宝だとすれば、犯人が双子ではないのは明確だ。秘宝が欲しければ私たちを招く必要なんてない。
そうなると別の疑問が出てくる。なら私を脅迫してまで、ここに呼んだ理由とは……。
●
「危険ですので、今日は皆様部屋から出ないようにお願いします」
そう言って桔梗は四階へ行ってしまった。四階は彼女曰く、彼女の部屋や倉庫になっているらしい。
私は自室に戻ると、ベッドに倒れた。
凄まじい眠気が襲ってくる。
もう少しで意識が落ちるところで、内線電話が鳴った。
「……もしもし」
『あっ、樹里ちゃん?』
「なんだ一二三か……」
言葉とは裏腹に、一二三の声で安心してしまう。
……会いたい。
それを素直に伝えることができない自分に腹が立つ。今は謎を解き明かす者として客観的な立場に留まるべきだと言い聞かせ、無理矢理焦りと苛立ちを抑え込む。
「そっちも閉じ込められているんだな?」
『うん……。でも誰がこんなことを……』
「あの双子だと考えたが、奴らも予想外の様子だった」
なら誰が……。本当に秘宝を手に入れようとしている人間が……?
……視界が…霞む。
『おいで』
「ひふ…み……?」
『樹里ちゃん⁉ どうかしたの⁉』
『おいで』
一二三ではない誰かの声。その声には聞き覚えがあった。だが、どうして今……。
そこで私の思考は途切れ、そして落ちていった。赤崎樹里の精神に作られたもう一つの世界。
遊戯世界に……。
★
「おはよう、吸血鬼さん」
「お前がここに呼んだのか、『双貌の魔女』」
『双貌の魔女』、……今ならわかる。彼女の顔はあの双子と似ている。だが、魔女はここに来る前から遊戯世界に幾度と現れていた。
なら何故、双子の顔と……。
「フフフ、もしかして私達のことを赤崎樹里が生み出した妄想だと思っているのかしら?」
「当然だろ。ここは私の中なのだから」
すると魔女が表情を歪めた。口角を人とは思えないほどつり上げ、不快な笑みを見せた。
「私達は本物の魔女、あのただ年を重ねただけの老婆とは違う」
「は……?」
「魔法の力を使って、私達がこの塔に貴女たちを閉じ込めたの」
そんなはずがない。あれは誰か人間がやったことだ。決して魔女が魔法の力でやったはずがない。
だが、『双貌の魔女』がイレギュラーな存在であることは事実だ。
「信じられない? ならこれから、証拠を見せてあげる」
「どういうことだ?」
「貴女が求める謎を作ってあげるの。でも、あの老婆ほど私達は優しくないわ。とびっきり理不尽で、不平等なものを用意して待っているわ」
堂々とした犯行予告。だがここは私の精神世界、ただ私が感じている不安が、魔女の姿として顕現しているだけだ。
「元々秘宝の呪いも私達が作りだしたの」
「ふざけるな! 魔法も呪いも、あるわけがないだろ⁉」
塔で事件が起こるとしても、それは人間の仕業だ。遊戯世界の魔女が、現実世界……魔女が盤上世界と呼ぶ場所に干渉できるはずがない。
「拒むのはいいけど、そう意固地になっていても、取り返しのつかないことになるだけよ」
轟音。飛び散る肉塊。……大切な人の死。
「あんなの、ただの夢だ……」
「いえ? あれは予知、貴女にも赤崎サチヱの能力が眠っているの」
「嘘だッ‼」
そんなはずがない。
確かに、サチヱの能力は本物だった。いや、本物と言っていいほどだったのだ。
あれは未来予知ではなく、ただ人の動作から感情を見極めるのが上手かっただけ。
私の父、栄一が赤崎家に恨みを持っているのも知っていた。そして私の母であると同時に一二三の本当の母親でもあった加奈子、そして栄一に借金をしていた安井蔵之介。二人がいつか殺されるのも事前に予想できただろう。
だが、実際に俯瞰島で起きた事件の顛末を日付も含めて予想するのは、もはや超能力の域だ。わかっている、サチヱが普通の人間ではないことくらい。ただそんなことを事実として簡単に飲みこむことができないだけだ。
「あら、もうこんな時間。今宵はここまでね」
そう言って魔女は消えてしまった。そして私の意識も……。
「起きたら大変なことになってなければいいけど」
意識が落ちる瞬間、魔女の囁きが耳に纏わりついた。
★
起きると既に時刻は夜になっていた。
ラウンジに行くために、一旦部屋を出る。夕食を食べていないからだ。
桔梗は部屋から出ないようにと言ったが、流石に夕食抜きは辛い。
「昔はそんなこと思わなかったのにな……」
……一二三と出会って、私は変わった。
相変わらずエレベーターは動かない。私は階段を下りて、ラウンジへ向かった。
ラウンジには私以外の宿泊者もいた。全員が不安そうな顔をしている。
「樹里さんのところには、桔梗さんが来たりしました?」
「……来ていないが」
「やっぱり……。私たちのところにも来てなくて、食事はどうしようってラウンジに来たんだけど……」
どうやら来ヶ谷も同じ考えだったらしい。てっきり私が寝ていたせいで、夕食を渡しそびれたのだと思っていたのだが。
結局桔梗が現れることはなく、この場は解散となった。
部屋に戻ると、またしてもタイミングよく電話が鳴った。受話器を手に取ると、一二三の叫び声がした。
『樹里ちゃん! 大変なの!』
「何が起きた……?」
ただ事件が起きただけなら、私は驚かなかっただろう。魔女の想像通りの展開になってしまったことだけが癪に障るが。
しかし、一二三が告げた事実は私がまったくと言っていいほど予想していないものだった。
「蓮華さんが…、エレベーターで誰かに殺されたの!」