6話 螺旋に眠る秘宝①
車から降り、閉塞感から解放される。
深く息を吸う。周りを見るが辺り一帯は森でここがどこかすらわからない。
「ようこそ。ホテル双貌塔へ」
桔梗が二本の塔の名前を告げる。そうは見えないのだが、どうやら本当にここがホテルのようだ。
当然、他の宿泊者たちも警戒した様子で塔を眺めている。
「皆様が泊まるのはこちらです」
そして片方の塔へ案内された。反対側の塔には一二三たちが泊まるのだろう。
塔の扉がゆっくりと開く。
「中は意外と綺麗なんだな……」
宿泊者の一人が呟いた。
外観の古びた様子とは違い、中は現代の高級ホテルのような雰囲気だ。
「一階はエントランスになっています」
受付のカウンターが設置されているが、そこには誰も立っていない。プレオープンのはずだが、桔梗たち双子以外の従業員はいないのだろうか。
そして受付の隣にはエレベーターがある。桔梗がエレベーターの扉の横にカードをかざした。
しばらくすると扉が開いた。
「エレベーターはカードキーで利用することができます。こちらが皆様のカードです」
そう言って私たちにそれぞれカードキーを一枚ずつ手渡す。
青いカード。そこに『1』と数字が書かれている。隣を見ると、他の宿泊者のカードには別の数字が書かれていた。
「こちらはお部屋の鍵としても使うので、なくさないようにお願いします」
そしてエレベーターに入る。
エレベーターの壁にはボタンとカードをかざす場所が取り付けられている。
ボタンは全部で四つ、つまり塔は四階建てということになる。
……違和感。外で塔を見た時はもっと高そうな気がしたはずなのだが。
桔梗は二階のボタンを押した。
エレベーターが動き出し、上昇し始める。そしてしばらく経つと停止して、扉が開いた。
「二階はラウンジ兼食堂となっています」
エントランスよりも広々とした空間に、机と椅子が設置されている。そしてその奥に『関係者以外立ち入り禁止』の文字が書かれた扉がある。恐らく厨房だろう。
「案内が終わったら朝食にしましょう」
腕時計を見ながら桔梗が言う。確かにまだ朝食には早い時間だ。いつもの一二三なら寝ている時間、彼女は今どうしているのだろう。
そしてまたエレベーターに入る。三階のボタンが押され、扉が閉まった。
「三階が皆様のお部屋です」
エレベーターから降りると、あまり広くない廊下に出た。エレベーターと反対側の壁には一定間隔で番号の書かれた扉が取り付けられている。この先に私たちが泊まる部屋があるのだ。
「では先程渡したカードに書かれている番号の部屋に、皆様のお荷物を置いてきてください。再集合は十分後でお願いします」
私の部屋は一号室。『1』と書かれた扉を探し、カードリーダーにカードキーをかざした。
カチャリという音が鳴る。鍵が開いたのだ。私はドアノブを握り、そして扉を開けた。
●
「特に怪しいものはないな……」
上から見るとバウムクーヘンのような形状をしている部屋。内装は豪華で、ダブルサイズのベッドはかなり柔らく寝心地が良さそうだ。
「一二三が見たらはしゃぐだろうな」
きっと一二三の部屋も同じような作りになっているだろう。ベッドで跳ねる彼女の姿が目に浮かぶ。
……できることなら、一緒に泊まりたかったというのが本音だ。
勿論、これがあの双子からの挑戦状だということは忘れていない。
依頼状に同封された脅迫と盗撮写真。
双子の目的は決して事件の抑止なんかではない。ここで起きる謎を私に解かせようとしているのだ。
これからあの双子が宿泊者の誰かを殺すのか。それとも別の誰かにやらせるのかはわからない。
なんにしても、私は最優先でそれを起こらないようにするだけだ。だが、万が一事件が起きてしまったら、たとえ手のひらで踊らされているとわかっていても、私はその謎を……。
窓からはもう一本の塔が見える。
あそこにいる一二三のことが心配だが、今は彼女を信じることしかできない。それが歯がゆくて辛いが、私は思考を切り替えた。
「スマホは圏外か……」
予想はしていた。
電話が可能だったら、事件が起きてもすぐに警察への通報が可能だ。そんなことができてしまえば、私に謎を解かせることができない。
スマートフォンをベッドに投げた。
壁には電話が取り付けられているが、これは内線電話。外への発信は不可能だ。なんとなく受話器を手に取る。そしてその傍に置かれたメモを見た。
『1』から『10』の番号で私のいる塔の部屋、『11』から『20』で一二三側の塔の部屋へ電話をかけることができるらしい。
また違和感を覚える……。
フロントに電話をかけることはできない。それなのに別の部屋にすることができる。
宿泊者の全員が、同行者と別室になっている。そのための配慮と考えることもできるが、やはり何かがおかしい。だがその違和感の答えはいくら考えたところで出てこない。
試しに『11』とボタンを押してみる。だが誰かが電話に出る様子はない。
きっと一二三たちはまだ塔へは来ていないのだろう。
受話器を元の場所に戻し、部屋を後にした。
これから何が起ころうとしているのか、まだ私にもわからない。
しかし、何があったとしても、私は一二三を守る。何を犠牲にしても……。それだけはわかっていた。