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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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5話 プロローグ:前夜①

 午前中に講義が終わり、昼前に帰れるというだけで心が躍るほど嬉しいのだが、今日は心だけでなく身体が自然と踊りだすほどだ。

 それもそのはず、今日の日付は十二月二十三日。そう、明日はクリスマスイブだ。

 別にケーキを買ったりはしないのだが、それでも特別な日だ。

 講義もなく、一日ゆったりと彼女と過ごせる……。


「でも樹里(じゅり)ちゃんのことだし、いつも通りなんだろうなぁ……」


 妹であり、そして家族以上に大切な存在である少女、赤崎(あかさき)樹里のことを考える。


『クリスマスイブ? だからどうした』


 そう言いながら、退屈しのぎの読書をしている光景が目に浮かぶ。


 私は四条(しじょう)一二三(ひふみ)、……普通の女子大生だ。

 樹里と名字が違うのは、……まあ今となってはちょっとした意地、赤崎家から追放された父が生きていたという証のようなものだ。そして祖父母代わりだった人への感謝というのもある。


 樹里と出会ったあの日、数ヵ月前に起きたとある島での事件。あれ以来、比較的平和な日常を謳歌(おうか)している。


「ただいまぁ…あれ?」


 白い髪と白い肌。そして吸い込まれるような深紅の瞳。

 いつも通り、樹里は玄関で私のことを待ちながら本を読んでいると思っていた。だが彼女は珍しく厚着ですぐ外に出ることができるような状態だ。


「どこか行くの?」


 私がそう聞くと、樹里は無言で一枚の封筒を渡してきた。


 ……強烈に嫌な予感がする。


 切手どころか、宛先も書かれていない。きっと送り主が直接郵便受けに入れたのだろう。


「依頼状……?」


 封筒に小さくそう書かれていた。


「あぁ、どこから話を聞いたかわからないが、島でのことを知って依頼を送ったそうだ」

総一郎(そういちろう)さんの知り合いか…、それとも加奈子(かなこ)おばさんの会社の人とかかな……」


 あまり樹里に危険なことをさせたくない。だから、こんなの無視すべきなのはわかっている。

 だが、それと同時に彼女は謎がないと生きていけない体質であることも理解している。


 依頼が危険なものではないことを祈りながら、私は封筒の中で折りたたまれていた便箋(びんせん)を開いた。


「あれ……?」

「人が死ぬようなものでも期待していたのか?」

「そ、そうじゃないけど……」


 正直に言うと、拍子抜けしてしまった。

 依頼はとあるホテルのプレオープンへの参加。

 なんでも、古いホテルを買い取って整備をしたのはいいが、過去に事件のあったいわくつきの物件で、誰も足を踏み入れようとしないらしい。

 そのため、私たちが泊まることで普通のホテルであることを証明してほしいということだ。


「ま、退屈だが仕方ない」


 すると樹里の顔が少しだけ赤くなった。


「……それに、せっかくのクリスマスだしな」


 そう小声で言った。

 そんな彼女の様子が愛くるしくて思わず抱きしめそうになったが、部屋から私たちのことを覗いている(あかね)のせいでそれはできなかった。


 平塚(ひらつか)茜。樹里が遭遇した事件がきっかけで、我が家で使用人として働くことになった女性だ。


「えっと……。留守の間、よろしくね」

「はいっ! お二人はごゆっくり……」


 茜は顔を真っ赤にしてブツブツと早口で何かを語りながら自分の世界に入ってしまった。「尊い…」やら「間には絶対…」やら意味のわからない言葉を発し続けている。

 ……基本的にはいい人なんだけどなぁ。



「じゃあ、いってきます」


 私もすぐに準備を済ませ、樹里と共に外へ出た。

 先程まで外にいたはずなのに、寒さで身体が震える。


 ……ひんやりとした冷たい感触。


 見ると樹里が私の手を握っていた。


「お前の手は温かいな……」


 ……こんな時間がずっと続けばいいのに。

 叶わない願いと知りつつ、私は祈ることしかできなかった。


「あれ……?」


 ……まただ。


「どうかしたか?」

「うん、最近誰かに見られてるような気がして……。自意識過剰かな?」


 ここ数週間、外を歩いていると時折誰かの視線を感じるようなことがあった。だが周りを見ても人なんていない。

 きっと勘違いだろうと思っても、何回も同じ経験をしてしまうとやはり不気味だ。


「時間は十分あるが、少し急ぐか」

「……そうだね」


 私たちは早足で駅へ向かった。



 電車で揺られ続ける。明るかった空も、すっかり暗くなってしまった。

 樹里はずっと本に視線を向けながら、私のたわいのない話に相槌を打っていた。


 電車に乗ってから、先程のような誰かの視線は感じなくなった。


 ……やはり、気のせいだ。決して駅に行くまで誰かが見ていた訳ではない。

 そんな考えを頭から消し去りたいためなのか、自然と口数が多くなってしまう。


「でも急だよね。明日にプレオープンなのに今日その依頼を届けるなんて」

「そうだな。……嫌だったか?」


 不安そうにしている樹里の手を握る。


「大丈夫、樹里ちゃんとならどこにでも行くよ」


 嘘はついていない。だが、樹里を退屈から解放してあげたいというのが本音だ。もしかしたら、誰かの死以外の謎が待っているかもしれない。それだけで、彼女と一緒に出かける理由としては十分だ。


『次は~……』


「……ここで降りるぞ」

「えっ、ここで?」


 窓の外の風景を見る。一面の緑が広がる景色……。

 良く言えば懐かしい景色。悪く言うとド田舎といった感じだ。どうしても幼い頃に訪れた義理の祖父母の家を思い出してしまう。あそこも周りには緑しかない田舎だった。……今はもう少し発展しているだろうか。


「中々落ち着けそうなところだろ?」

「うぅん……、まあゆっくりはできそうだけど」


 ……前言撤回。


 どうせなら、もっと雰囲気のある場所で樹里と過ごしたかった。

 そんなことを思ったところでもう遅い、電車は目的地の駅に停車してしまった。


「ほら、行くぞ」

「うん……」


 私は渋々電車から降りた。




「「ようこそ。赤崎樹里様、四条一二三様」」


 改札口を出ると、顔がそっくりな少女二人が私たちのことを出迎えた。

 きっと双子姉妹だ。


「お前たちが依頼人か?」

「はい。私達は鳩飼(はとかい)桔梗(ききょう)

「わ、私達は鳩飼蓮華(れんげ)です」


 そう言って二人は頭を下げる。

 長く伸ばした金髪、そして小さな体躯(たいく)。……なんだか精巧な人形のように見えた。


「桔梗ちゃんと蓮華ちゃん、よろしくね」


 私が言うと桔梗が少しムッとした表情をした。


「ちゃん付けはやめてください。私達は貴女より年上ですので」

「えぇ⁉ す、すみません失礼なこと言って……」

「いえ、謝るようなことではありませんが一応。それより、プレオープンは明日となりますので、今晩は別のホテルにご案内します」


 ……ホテルに泊まりに来たのに、わざわざ別のホテルへ? なんだかおかしな話だ。


「私は落ち着ける場所ならどこでもいい」


 そう言って樹里が欠伸をする。


「えぇ、私達のホテルに比べたら劣りますが、いいところですよ」


 少しだけ警戒したが、結局私たちは彼女たちの用意した車に乗ってしまった。

 この時既に悲劇へ足を一歩踏み入れていること、地獄のようなクリスマス、そして不平等(アンフェア)で残酷な螺旋の塔。そのことを今の私は知る由もない。

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