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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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2話 遺産②

 ……重い空気。

 やっと休める場所に来たというのに、心は一つも休まらない。


「なぁ……」


 沈黙を樹里(じゅり)が打ち破った。


「なに?」

「どうして父親が死んでいることを伝えないんだ?」

「気づいてたの……?」

「まあな」


 あの時は一切空気なんて読んでいない素振りをしていたのに。


「うぅん、お父さんと加奈子(かなこ)おばさんって結構仲良かったから……、言ったらショック受けると思うし」


 二人の仲の良さを幼い頃は疑問に思っていたのだが、兄妹なら納得だ。

 勿論このまま隠し続けても良いことなんて何もない。むしろ今すぐに伝えるべきだ。それでも、どうしても恐怖で止まってしまう。


「お母さんともあれくらい仲良かったら、いなくなったりしなかったのかな」


 つい口を滑らせてしまう。別に父と母の仲が悪かったという証拠はない。ただの妄想だ。

 もし私を産んですぐ死亡していたのなら、母が実在したという証拠があってもおかしくはない。そう思っただけだ。


 実際には、母が実在した証拠なんて見つからなかった。……まるで最初から存在しなかったかのように。


「仲は良かったんじゃないか?」

「どうしてそう思うの?」

「……なんとなくだ。それ以外の理由なんてない」


 そう吐き捨てて、私から目を逸らす。なんだか彼女が何かを隠しているように見えた。だが、それを追求することはしなかった。


「そういえば、おばさんから樹里ちゃんのこと一回も聞いたことなかったなぁ。何歳なの?」

「……十七」

「私より四つも年下なの⁉ まだ高校生なんだ……」

「いや、高校には……通ってない」


 ……話題を変えるはずが地雷を踏んでしまった。


「ごめん……」

「いや、別にいい」

「でも、どうして?」


 別に高校には絶対通うべきとは思っていない。ただ、やはりよほどの理由がない限りは、最終学歴が中卒になるリスクの方が高いように思えた。


「……わかるだろ?」


 白い髪を触りながら言う。

 ……わかっている。彼女の見た目はどんな場所でも浮いてしまうことくらい。そして、人間はそういった存在に対して、どこまでも残酷になれる。

 ただ、それを認めたくない。認めてしまったら、私の彼女への気持ちはただの偽善になってしまう気がして。


「……わからないよ」


 首を横に振る。


「……そうか」


 再び沈黙が場を支配する。

 総一郎(そういちろう)が私たちを呼ぶために扉をノックするまで、私たちは一言も言葉を交わすことはなかった。



 使用人二人に本館の広間へ案内された。

 既に広間には栄一(えいいち)と加奈子おばさんもいた。

 全員高級そうな正装姿で、一人だけTシャツにジーンズの私が明らかに浮いてしまっている。樹里も白いワンピースのままだが、不思議と場に馴染んでいた。


「はじめまして、一二三(ひふみ)さん。私は赤崎(あかさき)新太(あらた)、一応当主代理を務めさせてもらっている。こっちは妻の桐子(とうこ)だ」

「……桐子です」

「あ、えっと、武司(たけし)の代理で来ました。四条(しじょう)一二三です、よろしくお願いします」


 新太の外見は一見優男のように見える。だが、目が冷めていると言うべきなのだろうか。明らかに彼は私のことを見下していた。

 そして桐子の方は、こちらへの不信感を一切隠そうとしない。まあそれも仕方ないとは思うのだが、隣にいる自身の夫のように隠す努力くらいはしてほしい。


「……すまない。桐子は四条家がこの場に参加することに反対しててね」

「いえ、よく思わないのは仕方ないと思いますけど……。そういえば父のことなんですが……」


 言わなくては。身体の震えを無理矢理抑え、声を出そうとする。するとそれを新太が遮った。


「あぁ、武司のことはどうでもいいよ。それより援助のことなんだが……、申し訳ないが打ち切ろうと思っているんだ」

「はぁ⁉ いきなりどういうことなの⁉」


 私よりも先に加奈子おばさんが声を荒げた。その光景に私だけでなく新太と栄一も困惑している様子だ。

 樹里はまるで予想していたかのように、表情は一切動かない。桐子も顔色一つ変えないが、それは恐らく興味がないだけだ。


「落ち着きなさい。何も今すぐにやめるわけじゃない。まずは遺言書の開封からだ」

「……そうね。それより、黒須(くろす)さんは?」

「明後日の朝に来るそうだ」

「黒須さんって……?」


 私は小声で樹里に聞いた。


「赤崎家の顧問弁護士だ。遺言書の開封は彼の立ち合いで行われる」

「……なるほど」


 家族だけで開封をすれば、都合のいいものに書きかえることもできてしまう。そのため、第三者の存在が必要なのだろう。

 私には縁のない話すぎて、上手く飲みこめない。他人事ではないのだが、どうしてもそう感じてしまう。


「まあ遺産の額や分配を見ないとまだ何とも言えないが……。今のところは島と屋敷も売却するつもりでいる。長年家に仕えてくれていた使用人たちには申し訳ないけどね。既に何人かには辞めてもらったよ」


 使用人がいつもより少ないと言われていたが、そういう理由だったのかと私は納得した。


「いくら長男だからってそれは横暴すぎない⁉」

「そ、そうだ! どういうことだよっ⁉」


 これには加奈子おばさんだけでなく栄一も反論する。


「だったら加奈子たちが四条家の援助をすればいいじゃないか」

「そ、それは……」

「できないだろうね。だって遺産が欲しいのは()()()()なんだから」


 重く怪しげな雰囲気。


 どうして……。


 自分たちの母親が亡くなったというのに、この人たちから一切悲しみという感情が見えないのは何故なのだろう。

 私と同じように、本心を奥底に隠していると信じたい。それなのに、彼らはただ遺産を求めているように思えてしまう。


「あぁ、そういえば夕食の件なんだが、客人が一人増えてしまったからね。申し訳ないが一二三さんはゲストハウスに保管してあるものを食べてもらいたい」

「元々兄さんが来るなんて思ってなかったわけね……」

「そんなことないさ。ただ、来てたら顔面を一発殴って、その後は海に沈めてただけさ。どの面下げて来れたんだってな。それじゃ、また後で」


 そう言って、呆然としている私を横目に新太と桐子は広間を出ていった。


「……ごめん」

「どうしておばさんが謝るの。私は気にしてないから」

「そうじゃなくて、私結局お金のことしか頭にないんだなって」


 そしてポツポツと語り始めた。加奈子おばさんが遺産を求める理由を……。



 赤崎加奈子は元々それなりに有名な舞台女優だった。だが、栄一との結婚を機に引退。それからは裏方に徹するようになった。

 最近ではその経験を生かしてタレントの所属事務所の運営を始めた。徐々に所属する俳優の名前が知られるようになった頃、問題が起きた。


 所属俳優たちが次々と起こすスキャンダル。ネットで会社は燃え上がり、真偽の曖昧な情報が大量に流れる。


 そして栄一の会社、小森(こもり)酒造も経営が上手くいかず倒産の危機が迫っている。二人とも破滅の一歩手前まで来ていた。


 ……問題の円満な解決方法、それは金だ。金があればまたやり直せる。だからこそ、加奈子は赤崎サチヱの遺産を手に入れなければならない。

 例え悪事に手を染めることになったとしても……。

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