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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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4話 遊戯世界:再演

 目を擦りながら、今日の仕事を終えた(あかね)のことを見送る。

 一二三(ひふみ)の恩師が起こした事件を解決してから数日。あれから彼女との間には、ただただ重い空気が流れていた。


「……寝る」

「うん、おやすみ……」


 時刻はまだ午後七時。……私の生活は、一二三と出会う前に戻りつつあった。

 ただ退屈から逃れるために、夢の中、遊戯世界へ落ちていく日々。だが今は退屈からではなく、一二三から逃げていた。


 一二三のことが嫌いになったわけではない。むしろ逆だ。

 ……好きだからこそ、今は彼女の顔を見たくない。


 正直に言うと私は一二三の恩人である、渕野(ふちの)誠也(せいや)に嫉妬している。だからこそ、あの時私は真っ先に彼が犯人だと疑った。

 そして本当に犯人は渕野だった。だが、その事実が一二三の心を傷つけた。


 ……私は最低の人間だ。あんなに今まで嬉々として謎を解き明かしてきたというのに、今はそれが怖くて仕方がない。

 また一二三の周りで起きた事件を解決して、その結果彼女を追い込むようなことになったら……。


 ベッドに入り目を閉じる。

 私の手に触れた一二三の温もりから逃げるように、私の意識はすぐに落ちていった……。



「だから言ったでしょう? もう貴女に以前のような価値はないの」


 紅茶を飲んでいた『双貌(そうぼう)の魔女』がクスクスと笑う。彼女は『幸運の魔女』がいなくなった遊戯世界の新たな住人だ。


「もう、私には謎を解くことなんて……」

「できるでしょ?」


 ……できる。他人の感情を無視すればの話だが。


「昔の貴女なら他人のことなんて気にもしなかった。それなのに、今は臆病なただの幼子」

「臆病で何が悪い……」


 自然と口から出ていた。


「私は一二三と一緒に生きたい……。不老不死の吸血鬼じゃなく、普通の人間として」

「たとえ退屈のせいで魂が腐敗することになったとしても?」

「あぁ……」


 謎でしか私の退屈は満たされない。だが、それで一二三が危険に晒されてしまうのなら……。


「私は一二三のためなら死んでもいい。それが私の出した結論だ」


 すると魔女が歪んだ笑みを浮かべた。


「ククッ、貴女が謎を解こうとしなかった結果、四条(しじょう)一二三が死ぬことになっても?」

「は……?」


 遊戯世界の景色が変わる。

 どこかわからない草原。そこに一軒の家が建っている。その中へ一二三が入っていくのが見えた。


「お、おいっ!」


 声をかけても彼女は立ち止まらず、そして扉が閉まった。

 ここは夢の世界。だから何が起きたとしても、それは現実とは一切関係のない話だ。……だというのに、強烈に嫌な予感がした。


 そして、遊戯世界が光に包まれた。その直後に鳴り響く轟音……。

 建物が爆発したという事実に気付くのに、しばらく時間がかかった。


 宙を舞う肉塊。きっと一二三のものだ。

 こんなの、ただの悪趣味な夢……。そう言い聞かせながら必死に吐き気を抑える。


「な、なんで……」

「これは近い未来、必ず貴女たちに訪れる未来。……貴女が謎から逃げてしまえば、四条一二三は……死ぬ」



「あれ、ごめん…起こしちゃった?」


 隣で寝ていた一二三が目を擦りながら私のことを見る。


 ……あれは夢の世界だ。そのはずなのに、生きている彼女を見て涙が止まらなくなる。


「じゅ、樹里(じゅり)ちゃん⁉」

「嫌だ、行かないでくれ……」


 自分でも何を言っているかわからなくなる。ただ感情が制御できず、ぐちゃぐちゃな言葉を爆発させながら一二三の身体にしがみつく。


「大丈夫、私はどこにも行かないよ」

「頼む……。私だけを見てくれ……」


 身勝手な思い。……ただの独占欲だ。


 すると突然唇が塞がれた。


「んっ……、いきなりなんだ⁉」

「珍しく素直で可愛いなって思って」


 そう言って意地悪そうな笑みを浮かべる。


「もし、樹里ちゃんが人を殺したりしない限り、私はずっと味方だよ」

「じゃあ私がもし人を殺したら……?」

「うぅん……、そんなこと絶対ないって信じてるけどね。万が一にでもそんなことがあったら……、まずは怒るかな」

「怒る……?」

「うん、その後いっぱい泣いて、そして樹里ちゃんが帰ってくるのをずっと待ってるから。何年でも、何十年でも……」

「それは、……重いな」

「えぇ⁉」

「ふふっ……」


 ひとしきり笑った後、私たちはもう一度キスをした。



 あれから数週間が経った日のこと。私は家に届いた封筒を睨みながら対応を考えいていた。


 それは依頼という名の挑戦状。これを受けてしまえば、また危険に足を踏み入れてしまうことになるだろう。私ではなく、一二三が危ない。


 ……爆発音が脳内で鳴り響く。


「あんなの、ただの夢だ」


 万が一、あれが虫の知らせ、一種の未来予知のようなものだとしたら。


「樹里さん……?」


 茜が後ろから封筒を覗き込む。


「なぁ、私はどうするべきなんだろうか。……謎から逃げるべきか、謎に挑むべきか」


 すると茜が笑った。冗談なんて言っていないのに、一体どういうつもりなんだ。私は軽い苛立ちを覚えながら、彼女の顔を睨んだ。


「す、すみません! でもバカにしてるんじゃなくて、やっぱり二人は似てるんだなぁって……」

「似てる……?」

「うん。一二三さんもちょっと前に、樹里さんと同じようなことを言ってて」


 ……私よりも先に茜に相談していたという事実。


「……なんかムカつくな」

「えぇ⁉」


 茜の頬をつねる。


「……ありがとう」

「ど、どういたしまして……?」


 私は依頼状に同封されていた写真と紙を丸め、ゴミ箱に投げた。


 写真には大学内を歩く一二三が写っていた。恐らく、盗撮されたものだ。

 そして、紙には短い一文が書かれていた。


『断れば、四条一二三を殺す』


 かくして、次の舞台の幕が上がる。

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