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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
2章 不平等な螺旋
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1話 命の天秤①

 殺人という罪を犯してしまった人間。勿論そんな人間は逮捕されて罰せられるべきだ。

 一時期復讐について考えたこともあったが、やはり復讐なんて何も生まない。月並みな考え方だが、これが今の私が出した答えだ。


 だが、時々考えてしまうことがある。もし、その犯人がこれから多くの人間を救うような人物、例えば医者だとしたら……。

 そんな人間の犯した罪を解き明かし警察に引き渡せば、私たちは未来の大量殺人鬼になってしまうのではないか……と。


 こんな自惚(うぬぼ)れた考え、きっと彼女は笑うだろう。


『私は謎が解けさえすれば、後は犯人がどうなろうと知ったことではない』


 ……だが、私はあの子とは違う。

 私は、四条(しじょう)一二三(ひふみ)は、十字架を背負って生きていく覚悟はあるのだろうか。



 十二月になり、寒さが一気に増した気がする。またあの寒空の下を歩くと考えると、暇な長期休暇中に車の免許を取らなかったことを今になって後悔してしまう。

 私は暖かい建物内からそそくさと出ようとする樹里(じゅり)の腕を掴んだ。


「なんだ、もう用事はないだろ?」

「で、でも……。もう少しだけここで温まっていようよ……」


 月に一度通うことになっている病院。いつもは使用人の(あかね)と行っているのだが、今日は珍しく樹里が付き添いだ。


「あれ、一二三ちゃん?」


 突然した男性の声。振り返ると、白衣を着た男が私たちのことを見ていた。


渕野(ふちの)先生……?」

「……誰だ? そいつ」

「渕野誠也(せいや)、お父さんを担当してた先生だよ。すごい技術力で有名な人で最近まで海外に行ってたんだけど、帰ってきてたんですね」

「そんなことないよ。……結局、武司(たけし)さんを救うことはできなかったし」


 恥ずかしそうに先生が頭を掻く。


「本当にごめん」

「そんな、謝るようなことじゃ……」


 実際、私は先生のことを尊敬している。

 彼と会った時、父は余命が幾ばくも無い状態だった。そんな父のことを先生は決して見放さず、父が亡くなるまでおおよそ一年もの間、真摯に向き合ってくれた。

 その間、よく私と一緒に遊んでくれた。

 そんな先生は父と同年代だが、私にとって第二の父親というより、兄のような存在だ。


「でも、帰ってきてたなら連絡してくれてもよかったのに」

「ごめんごめん。すぐに向こうに戻るつもりだったからさ」

「……もしかして、奥さんに会いに?」


 渕野先生には少し年の離れた妻がいる。私も何度か会ったことがあるが、すごく綺麗で優しい人だ。


「そうだ、せっかくだしこれからご飯でも一緒にどうかな?」

「あれ、ナンパですか?」


 私がニヤニヤしながら言うと、先生が顔を真っ赤にしながら周りをキョロキョロと見る。

 通りかかった看護師たちがひそひそと話をしながら私たちの横を通った。


「すみません、冗談です……。ご飯、行きましょう」


 すると先生の顔が明るくなった。……相変わらずわかりやすい人だ。


「あれ、樹里ちゃんどうかしたの?」

「いや……。ただ、仲が良さそうだなと思っただけだ」

「……嫉妬?」

「うるさい」


 そう言って樹里は歩き出した。


「待って、車があるから!」


 渕野先生が走る。私もその後ろをついていった。



 病院を出て駐車場までの通路に自販機が設置されている。私は白い息を吐きながらコーヒーの缶を見つめた。


「先生も何か飲みます?」

「じゃあ……」


 渕野先生が自販機に五百円玉を入れる。そして缶コーヒーのボタンを押した。

 缶がガチャンという音をたてて落ちてくる。


「あっ、そんなつもりじゃ……」

「いいよこれくらい」


 そう言って微笑みながら私に缶コーヒーを渡してくる。申し訳なさを感じながらコーヒーを喉に流し込んだ。軽い火傷をしてしまったのか、舌がヒリヒリする。


「またすぐ向こうに戻るし、今度はいつ一二三ちゃんと会えるかわからないからね」


 やはり忙しいのだろうか。なんだかわざわざ時間を作ってもらっている気がして更に申し訳なくなる。


「おい、早く行くぞ」


 樹里が私たちのことを恨めしそうに睨む。……やはり嫉妬しているみたいで愛くるしい。

 私はそんな彼女を見ながら温かいコーヒーをもう一度口にした。



 昼食を取るために来たのは、病院近くのショッピングモール内に建てられた、イタリア料理店だ。

 樹里はまだ不満そうにパスタを食べている。


「美味しい?」

「……あぁ」

「一口ちょうだい」


 すると樹里が顔を赤らめながら、フォークでパスタを巻き取りこちらへ差し出した。

 私はそれを躊躇(ためら)わずに口へ入れた。


「……随分と仲が良さそうだね」


 渕野先生が周りの視線を気にしながら呟く。

 ……周りから私たちのことはどう見えているのだろう。仲の良い親子に見えるだろうか、それともいかがわしい小遣い稼ぎをしている若い女二人と、金を搾り取られる男に見えているかもしれない。

 すると先生が立ち上がった。


「どうしたんですか?」

「ちょっとタバコ吸ってくるね」


 そう言って店外へ出てしまった。

 店内は全席禁煙だ。父の闘病中も、「喫煙者に優しくない世の中になってしまった」と嘆いていたのを思い出す。


「医者の不養生ってやつだな」

「まあ忙しいみたいだし、縋るものが欲しいんでしょ。あはは……」


 私は医者ではなくただの学生だが、元喫煙者の身で先生に強いことは言えなかった……。


 そして穏やかな時間が流れる。

 店内に流れるテレビの音を聞き流す。


 人身事故による電車の運転見合わせ、薬物で逮捕された芸能人、殺人で逮捕された女性のニュース。物騒な言葉が流れるが、ただそれを私は日常として受け流す。


 スマートフォンが突然鳴った。私は画面を見たが、知らない番号だ。


「誰だろう……」


 スマートフォンを耳に当てる。


「もしもし……」

『たす…けて……』


 女性の声。彼女は苦しそうな声で助けを求めている。

 ……そして、この声には聞き覚えがあった。


千春(ちはる)さん⁉」

「……誰だ?」

「渕野先生の奥さん! もしもし! 千春さん今どこにいるの⁉」

『えっと、多分どこかの倉庫…だと思う……。一二三ちゃん、早く来て……』


 電車の走る音がする。


『線路の近くで……』


 そして船の汽笛が電話の向こうから聞こえてきた。


『港の近く……。お願い、はや…ヴッ……』

「千春さん⁉ 千春さん!」


 そこで通話は切れてしまった。


「樹里ちゃん、行こう!」

「あぁ……、だが場所はわかるのか?」

「線路の近くで港の近くの倉庫!」

「……その情報だけじゃ居場所なんてわからないだろ」

「でも、ジッとしていられないよ!」


 一万円札をレジ台に叩きつけ、私たちは店外へ出た。


「二人ともどうしたの?」


 喫煙所から戻ってきた渕野先生が不思議そうにこちらを見つめる。


「千春さんが危ないんです!」

「千春が⁉」


 簡潔に伝えて駐車場へ走る。先生も訳がわからないといった表情でついてくる。



 車に乗り、勢いよく扉を閉めた。


「線路と港の近くの倉庫……。心当たりがある」


 そう言って先生がエンジンをかけた。


 ひさしぶりの恩人との再会。それがこんな事態に巻き込まれるなんて……。

 車は走る。悲劇と絶望を運びながら……。

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