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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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22話 (非)日常 前編

「では、今日はここまで」


 一時間半、ずっとタバコを吸いたいということだけ考えていた。

 ……さっさと喫煙所行こ。そう考え、すぐに席から立ち上がった。


「ねぇ、楠瀬(くすのせ)さん」

「……何?」


 近くに座っていた学生が私に話しかけてきた。私がイライラしながら彼女の方を見ると、一枚の紙を渡してきた。


四条(しじょう)さんの分のレポート用紙」

「なんで私が……」


 そういえば授業中に課題を渡されていたのを思い出した。今時、紙に手書きで提出するレポートなんて時代遅れだと思いながら、一二三(ひふみ)のレポート用紙を受け取る。


「四条さんの友達でこの講義受けてるの楠瀬さんだけだし……」

「友達ねぇ……」


 実際、一二三が一線を越えようとしてこなかったら、私たちは今でも良い友達でいられたのだろう。だが現実は違う。

 別に私は彼女のことが嫌いなわけではない。ただ、怖くなったのだ。


 元々誰かと付き合っても毎回長続きしなかった。このままの関係が続いて、もし大人になってしまったら。それを考えるのが怖くて仕方がない。

 一二三との関係で感じる恐怖は、今まで経験したことがないほどだった。

 ……だから、私から別れを告げた。


 結局私は断ることができずレポート用紙を受け取り大学を出ると、喫煙所には行かずバスに乗った。



「そういえば、一二三引っ越したんだっけ」


 見覚えのない道を歩く。

 夏休みが明けてから、一二三は少し変わったような気がした。

 夏休み中、彼女が入院していたのは知っている。だがお見舞いなんてしていない。今更どの面下げて会えばいいかわからなかったからだ。


「今もそんな感じだけど……」


 頭の中で、ずっとここから逃げだす言い訳を考えている。一二三があの講義の単位を落とそうが別に知ったことではない。今日休んだ彼女が悪いのだ。

 だが、私にレポート用紙を渡したことをあの学生が言ったら、もしかしたら私にもその責任が追及されるかもしれない。

 会いたくないという感情と単位を落としたくないという感情を天秤にかけた結果、私は今歩いているわけだ。


「ここでいいのかな……?」


 マンションの一室、私は覚悟を決めてインターホンを鳴らした。


『誰だ……?』


 知らない女性の声。それに私は動揺した。


「え、えっと……、四条さんの知り合いなんだけど……」

『一二三なら今日は病院だぞ』


 退院後も定期的に通院していることは知っていた。どうやら今日がその日だったようだ。


「いつ頃帰ってくる…かな?」


 今話している女性が一二三とどういう関係かわからず、どう話したらいいか困ってしまう。

 大人びた雰囲気とまだ子供のような雰囲気が混ざり合った声。一二三に母親はいないことは知っていたが、姉妹がいるという話も聞いたことがない。……親戚なのだろうか。


『さあな。……中で待つか?』


 鍵が開く音。別に一二三に会わなくても、この女性にレポート用紙を渡せばそれで済む話だ。

 一二三は私が来たとは気づかず、同級生が持って来たと言われて、友人の誰かを想像して用紙を受け取るだろう。


 少しだけ気が楽になるのを感じながら、扉を開けた。

 だが、室内にいた女性の姿を見て、私は言葉を失った。


 真っ白になるまで脱色した髪。高圧的で不健康そうな目。私より少し背の低い少女が、玄関で本を読んでいた。


「……なるほど。お前が楠瀬美鈴(みれい)か」

「一二三から聞いたの?」

「そんなところだ」


 私は一瞬で理解した。この少女は私の代わりなのだ。

 ……歪んでいる。私から一二三と別れたというのに、心のどこかで彼女を軽蔑している自分がいた。



「ありがとう。買い物まで付き合ってもらっちゃって」

「だ、大丈夫です! 仕事ですから!」


 病院からの帰り、私は(あかね)と一緒にスーパーで夕飯の買い物をしていた。

 実際、彼女が家で働くようになってかなり助かっている。今もカゴは彼女に持たせて、私は左手に持つスマートフォンでメモを確認するだけだ。

 ただ、これを樹里にしてもらう勇気があればと、少しだけ後悔してしまう。


「それに、私も二人には感謝してますから……」


 現在、茜は私たちが住むマンションの近くのアパートで暮らしている。そこに引っ越す時にも、ひと騒動起きたようだが細かいことは知らない。


樹里(じゅり)ちゃんも、茜さんが来てくれて良かったと思ってるよ」


 恐らくその半分以上は彼女の体質が理由なのだろうが。それを口に出すことはできない。


「い、いえっ! 二人の間に入るなんて恐れ多いことはとても……」


 茜が顔を赤らめながら言う。彼女は時々意味のわからないことを言うことがある。

 ……悪い人じゃないんだけどなぁ。


 現在家ではとんでもないことになっていることに微塵も気づかず、私と茜は買い物を続けた。



「妹ねぇ……」


 樹里に出されたホットコーヒーを口にする。彼女はずっと本を読んでいた。

 さっさと帰ることもできたが、私には気になることがいくつかあった。


「本当にそれだけの関係なの?」

「お前に聞かれる筋合いはない」


 あっさりとそう言い返される。それもそうなのだが、言い方が気に入らない。


「別にそれくらい聞いたっていいでしょ?」


 一二三に新しい彼女ができたと噂で聞いたことがある。それが樹里だとしたら……。

 もう私には関係のない話だとしても、やはり気になってしまう。


「……私はお前に興味がない。だからその問いに答える気もない」

「はぁ⁉」


 思わずコーヒーをこぼしてしまう。

 こんな失礼なやつがどうして一二三と一緒にいるのかが謎だ。

 ティッシュでこぼれたコーヒーを拭きながら、樹里のことを睨んだ。彼女はなんともない様子で本を読み続けている。


「さっきから何読んでるの」

「ん、これか? まあそれくらいならいいぞ」


 そう言って本にかけられていたカバーを外す。


『水平思考パズル』


 タイトルにそう書かれていた。


「えっと……、『ウミガメのスープ』ってやつだっけ?」

「そうだな。正確には『ウミガメのスープ』は水平思考パズル、シチュエーションパズルの問題の一種だが」


 水平思考パズルとは、簡単に言うと一見意味のわからないストーリーを回答者が正していく推理ゲームだ。


 例えば『ウミガメのスープ』の場合。

 ある日男がレストランでウミガメのスープを注文して食べた。その後男は自殺した。何故?

 ……こんな感じだ。


 回答者はこの問題に対して、出題者に質問することができる。

 出題者は質問に『YES』か『NO』、もしくは『関係ありません』と答える。

 この質問と返答を繰り返していき、真実を解き明かすことができた回答者が勝者となる。


「じゃあ、何か問題だしてよ」

「……は? なんで私が」

「一二三が帰ってくるまで暇だし」

「……仕方ないな」


 こうして始まった暇つぶし。

 平和な世界で過ごす日常、それは私にとって当たり前のことだ。しかし、一二三と樹里は危険な非日常から帰ってきた。そしてまた足を踏み入れることを、今の私は知る由もない。



 ある日の映画館、そこに女が入った。

 今の時間に上映していたのはアクション映画だ。

 そして銃撃戦のシーン。大きな音がすると、女は死んでしまった。

 ……一体何故?

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