20話 遊戯世界:堕ちる愚者
「さて、少し整理するか」
ひさしぶりの遊戯世界、廃墟と化した古城のような場所だ。だが、魔女はいない。
「……案外、寂しいものだな」
『双貌の魔女』を名乗る人物もいない。この世界に一人きり……。せめて一二三が隣にいてくれれば……、そう願ってしまう自分がいた。
「平塚茜の言葉を信じるなら……、被害者の金井智昭は彼女に夜勤と偽って外へ出た。そして彼は駐車場で転落死した」
あのマンションに屋上はない。
ということは、駐車場で転落死するにはベランダから落ちないといけないはずだ。つまり被害者は自室から出た後、別の部屋に入ったことになる。
「何故だ……?」
そもそも自殺するだけなら自室で可能だった。茜を泊めたのもリスクでしかない。
だがこれは他殺だ。何故自室を出たはずの金井がベランダから駐車場へ落ちたのか。それを解き明かす鍵は茜の見つけた、壁の穴だ。
「そしてロープ……。恐らくあの穴はあれに使ったはずだ……」
手首を縛った跡、壁の穴、消えたリュック……。あれが見つかれば私の推理が正しいということになる。だが、そうだとしても疑問が残る。
「何故被害者はあのタイミングで……?」
推理が合っていたとしても、茜の存在がリスクであることは変わらない。だがそのタイミングでそれをしようとしたなら……。
「今日しかタイミングがなかったということか……?」
そう考えれば辻褄が合う。そしてもう一つの可能性が考えられる。
「もしくは茜に疑いを向けるためにわざと、という思惑もあるかもしれないな」
どちらにせよ、死者はもう何も語ることはしない。被害者の行動の理由なんて、想像することしかできないのだ。
……残る問題は犯人だ。私が遊戯世界に来る前に言った通り、まだ私たちは犯人に会っていない。
「整理はできた。後はあれが見つかるのを待つだけだな」
そして私は棺桶に入り、目を閉じた……。自分の意志でこの世界に来たおかげか、私の意識はすぐに現実世界へと浮上した。
★
「見つかったか?」
身を起こし、私のことを心配そうに見ていた茜に聞く。
「う、うん……。でもこれって……?」
彼女は頷きながら見つけたものを渡してきた。
……頑丈そうなフック。壁にネジを複数刺して取り付けるタイプのものだ。
「もしかしてこれで……」
茜も真実に気づいたようだ。
恐ろしく危険な方法、本来なら金井はこれをここから下に降りるために使ったのだろう。……それでも危険なことに変わりはないのだが。
しかし、今晩は茜がいた。だから彼は別の方法をとらざるを得なかった。そしてトラブルが起きた。
「あぁ、後は証拠を処分される前に犯人を追い詰めるだけだ」
タイムリミットは朝。それまでに犯人を見つけなければいけない。
時刻は午前四時、十分に時間はある。
「でも一つ一つ見て回るの?」
「そうなるな……」
だが人手は私たちだけじゃない。彼らに協力してもらえば……。
「本当にあんな方法で……?」
私たちの会話を聞いていた警察官が半信半疑の様子で言う。
確かに、かなりくだらない方法だ。しかしそれが真実なのだ。
どんなに奇怪な事件も、蓋を開けてみればただ些細なこと、それを私はあの島で経験している。
「そうだ。犯人はきっと……、本当なら今日ここにはいなかったやつだ」
そう言って私は部屋から出る。
……長い夜が間もなく明ける。私には祖母のような予知能力はないが、それだけは分かった。